UBL-035 Weizen No.10 / UBL-036 Glucose Impact

ヴァイツェンの醸造法に関して、以前より大変気になっていた記事があった。

https://braumagazin.de/article/brewing-bavarian-weissbier-all-you-ever-wanted-to-know/

ヴァイツェン醸造に関する様々な事項が詳細にまとめられており、美味しいヴァイツェンを目指す人間にとっては必読の記事である。そしてその中に観たことのない情報があった。5章の「Maltase process / Herrmann process for increased ester production」にそれは記述されている。

2005年にミュンヘン工科大のHerrmannによって発表されたこの手法ではウォート中の糖分比率に着目し、グルコースを40%、マルトースを60%としてヴァイツェン酵母で発酵させると、バナナフレーバの元となる酢酸イソアミルの生成量が飛躍的に増大するというものだ。オリジナルの論文は以下である。(なおドイツ語の論文であるため、全く全体像を把握できていない。

http://mediatum.ub.tum.de/doc/603637/603637.pdf

その原理について、記事中には下記の記載があった。

It is currently being proposed that the stress point for the yeast caused by the forced conversion from glucose to maltose metabolism is delayed. The later the yeast reaches this stress point the more substrate for the production of esters has already been provided from the wort. At the same time, it is being discussed that glucose presence favors the activity of the ester-producing enzymes. An additional explanation being discussed is that at the time of the aforementioned delayed glucose deficit all oxygen (which reduces ester production) has already been consumed. 

出典:Braw!Magazine ”Brewing Bavarian Weissbier — all you ever wanted to know”

「①グルコース代謝からマルトース代謝への強制的な変換によって引き起こされる酵母のストレスポイントが遅れることが原因であると現在考えられている。② 酵母がこのストレスポイントに到達するのが遅ければ遅いほど、酵母がエステルを生成するための基質がより潤沢にウォートから提供されることになる。 ③同時に、グルコースの存在がエステル生成酵素の活性に有利なのではないかと議論されている。またこの議論の補足説明として、上述のグルコース消費が遅れることによって、そのタイミングで既に全ての酸素(エステル生成を減少させる)が消費されていることも影響を及ぼしている可能性がある。 」

以上の説明は当初意味不明だったが、酵母の代謝機構について調べるといくらか情報が出てきた。その中から分かった部分を書いてみる。

①「グルコース代謝からマルトース代謝への強制的な変換によって引き起こされる酵母のストレスポイントが遅れることが原因であると現在考えられている。」

出典:C.White, "Yeast: The Practical Guide to Beer Fermentation", Brewers Pubns

酵母は嫌気性発酵を行うにあたって糖分を代謝(Metabolism)し、利用できる糖分の種類としては単糖のグルコース、二糖のマルトース、三糖のマルトトリオース等がある。しかし酵母は細胞内でグルコースの形でしか糖分を代謝出来ないため、マルトースやマルトトリオースを代謝するにあたっては酵母に余計なエネルギーが必要となり、言い方を変えればそれは酵母へのストレスになる。そのため酵母は構造が簡単な糖分から順に代謝していく。例を示せば最初にグルコース、それに続いてマルトースそしてマルトトリオースである。ウォート中のグルコース濃度が高いとピッチングからマルトース代謝に移行するまでの期間は長くなり、結果、マルトース代謝によるストレスを受けるまでの時間が遅れるというわけだ。


②「 酵母がこのストレスポイントに到達するのが遅ければ遅いほど、酵母がエステルを生成するための基質がより潤沢にウォートから提供されることになる。」

基質(Substrate)とは酵素が触媒となって変化させる化合物のことである。具体的に例を上げればアミラーゼに対するデンプンである。酵母も種々の酵素を細胞内に有しており、エステル生成に関わる酵素は「AAtase」である。AAtaseは酸とアルコールを縮合反応により結合し、エステルを生み出す酵素である。酢酸イソアミルの生成において、酸はアセチルCoA(Acetyl-CoA)、アルコールはイソアミルアルコール(Isoamyl Alcohol)である。ここでAAtaseのエステル生成過程について調べてみた。

出典:Yi-Shu Tai, Mingyoung Xiong," Influence of glucose and oxygen on the production of ethyl acetate and isoamyl acetate by a Saccharomyces cerevisiae strain during alcoholic fermentation", Metabolic Engineering 27 (2015) 20–28

以上の論文より引用したエステル生成フローに基づけば、酵母によって作られたアセチルCoA(Acetyl-CoA)とイソアミルアルコール(3-methyl-1-butanol)を基質としてAATaseが酢酸イソアミル(Isoamyl Acetate)を生成している流れがわかる。すなわち、酢酸イソアミルの大量生成のためには、まずこれら基質が潤沢に存在することが必要となる。そしてその上で必要なのが次で述べるAATaseの活性である。


③同時に、グルコースの存在がエステル生成酵素の活性に有利なのではないかと議論されている。またこの議論の補足説明として、上述のグルコース消費が遅れることによって、そのタイミングで既に全ての酸素(エステル生成を減少させる)が消費されていることも影響を及ぼしている可能性がある。

ウォート中のグルコースおよび酸素濃度がAATaseによるエステル生成に与える影響を調べるため、次の論文を参照した。

C.Plata, et. al, "Influence of glucose and oxygen on the production of ethyl acetate and isoamyl acetate by a Saccharomyces cerevisiae strain during alcoholic fermentation", World Journal of Microbiology & Biotechnology 2005 21: 115–121

この論文では、AATaseの活性条件に着目し、溶液中のグルコース濃度と溶存酸素量を変化させた場合のAATaseの比活性、そして酢酸イソアミル、酢酸エチル濃度を纏めている。論文の要旨をまとめると以下の通り。

  • 酢酸エチルに対するAATaseの比活性は、対数期の開始時にピークを示し、酢酸イソアミルの場合はその終了時であることが判明した。
  • グルコース濃度はAATaseの最大比活性にのみ影響を及ぼす一方、酸素は僅かであるがそのような活性を阻害し、その度合は酢酸イソアミルの方が酢酸エチルよりも高かった。
  • 他方、エステラーゼは、低グルコースまたは中グルコース濃度(それぞれ50または100g / l)においてのみ酢酸エチルの合成を触媒し、静止期の間に酢酸イソアミルで最大加水分解活性に達することが見出された。
  • 培地中の酢酸エチルおよび酢酸イソアミル濃度は、250g / lのグルコース濃度および半嫌気性条件で最大値を取った。

これを更に噛み砕けば、以下の通りとなり、表題の内容との一貫性が示されている。

「AATaseはグルコース濃度が高く、溶存酸素量が少ないほど高い活性を示し、酢酸イソアミル生成においては対数期の終了時にそのピークを示す。またグルコース濃度を高めることで生成したエステルを加水分解する酵素であるエステラーゼの活性は反対に弱まる。」


まとめ

以上の内容を時系列に仮説をまとめると以下の通り

  1. グルコース濃度が高いため、対数期の中盤まで酵母はグルコースを優先的に代謝する
  2. グルコースの代謝によって多くのAATase基質、すなわちアセチルCoA(Acetyl-CoA)とイソアミルアルコール(3-methyl-1-butanol)が生じる
  3. 誘導期から対数期の序盤にかけては酸素濃度が高いためにAATase活性が低く、AATase基質の消費量は少ない
  4. 発酵の進行に伴い溶存酸素量は低下し、AATaseの活性も高まる。また通常より高いグルコース濃度によってもAATaseの活性は高まる。
  5. 対数期の終盤、AATaseの活性は最大となり、それまでに生成されながらもあまり消費されてこなかった多くの基質(アセチルCoA(Acetyl-CoA)とイソアミルアルコール)を元に大量の酢酸イソアミルを合成する。また高濃度グルコース条件ではエステルを分解するエステラーゼの活性も低下するため、酢酸イソアミルの残存量は減少しにくい。

ということではなかろうか!(自信無し

微生物学は未履修であったため、間違いだらけである可能性が大いにある。もしあった場合は教えていただけるとたいへん助かります… しかしグルコース濃度がエステル生成酵素のAATaseの活性を高め、エステル分解酵素のエステラーゼの活性は抑えるというのは理解しやすい内容である。一方ストレスポイントの遅れについてはいまいち腑に落ちない。

出典 : HOME BREW BEER SUPPLIES ”THE LIFE OF BREWERS YEAST?” (最終閲覧日:2018年12月03日) https://www.brewshop.co.nz/blog/the-life-of-brewers-yeast/

AATAseの活性が最大になるのは対数期(Exponential Phase)の終盤であり、以上の酵母数と溶存酸素量の関係を示した図に基づけば、酵母が酸素を消費しきった対数期終盤にAATase活性が最大になるのは理解できる。しかし仮にマッシュにグルコースが含まれていなくとも、AATaseの基質は生成するし、対数期の序盤は酸素存在下でAATaseの活性は低く、対数期の終盤でAATaseの活性が高まってから酢酸イソアミルの生成は行われていくのは間違いない。

通常のマッシングで生成する糖分の殆どは二糖類(マルトース)から多糖類(デキストリン)でありグルコースはほとんど生成されない。そのため、この条件を作り出すためにはマッシングプロセスを大幅に改造する必要がある。

記事中で紹介されていた方法はマルターゼプロセス(Maltase Process)の導入である。

■マルターゼプロセスによるグルコース濃度の増大

マルターゼはアミラーゼと同じく麦芽に含まれる酵素である。その活性温度は約45℃で、二糖類のマルトースを2つのグルコースに分解してくれる。この酵素を利用することでウォート中のグルコース濃度を上げようというのがマルターゼプロセスだ。このプロセスはオールグレインにこだわると以下のフローのように非常に複雑になる。

  1. 通常通りα,β-アミラーゼでマッシュを糖化し、マルトースを生成(Maltose Rest)
  2. 一度温度を下げ、さらに追加の麦芽を投入しマルターゼ(酵素)を導入
  3. 45℃に調整し、マルターゼによってマルトースをグルコースに分解
  4. 再び通常通りのマッシングを行い、マッシュを仕上げる

フルマッシングを経験された方ならお分かりだろうが、このマルターゼプロセスにはすさまじい手間と時間がかかってしまう。そこでこの記事ではプロセスの合理化としてドライモルトエクストラクト(DME)の利用が提案されている。DMEの主成分はマルトースなのだから、マッシュインの時点でDMEを突っ込めば、以上のプロセスが再現できるというわけだ。記事中ではグレインビルの1/3から1/5をDMEとし、45℃マッシングを行うことを提案している。

■Dextrose(ブドウ糖)の直接投入によるマルターゼプロセスのスキップ

ここまで読まれた方は薄々気づいているだろうが、ご想像の通りグルコースはブドウ糖として普通に市販されているので、別にマルターゼなんか使わなくてもブドウ糖をマッシュにサーッと入れたらそれで完了である。調べてみたところ、そのようなプロセスを経て実際にヴァイツェンを醸造し、しかもそれを14人のジャッジによるブラインドテストにかけた方がいた。

https://famouslastworts.com/2016/07/17/add-glucose-gives-more-bananas/

発想の元となるデータと記事の筆者が行ったテイスティングテストからも、はっきりとその効果が確認されている。14人のジャッジのうち12人がその差を認め、有意確率P値は8.21665×10-5と信頼性のある実験結果である。

この記事の出発点となったグラフは以下だ。

出典 : Famous Last Worts ”Could adding Glucose give more Banana flavour to your Hefeweizen?” (最終閲覧日:2018年12月03日) https://famouslastworts.com/2016/07/17/add-glucose-gives-more-bananas/

左のグラフは通常のウォートを醸した物、一方右のグラフはウォートにグルコースを1Lあたり10g添加したものである。各温度ごとに結果を比較すると、20℃、15℃においてバナナフレーバの元となる酢酸イソアミル(Isoamyl Acetate)濃度がグルコース未添加のサンプルと比較し大きく向上している事がわかり、特筆すべき事として15℃の発酵条件ではその濃度は2倍以上増大している。

発酵温度が高ければバナナフレーバも増大するが、一方でオフフレーバ発生リスクも増大する傾向にあるため、この実験結果はオフフレーバを抑えつつ高いバナナフレーバーを選択的に得るヴァイツェンの醸造手法として極めて有用である可能性がある。

2018/11/15 設計

ということでようやく設計である。今回は以上の記事と同じく、グルコース添加が発酵後の酢酸イソアミル生成に及ぼす影響を調査する。そのためにグルコースの有無のみをレシピの変数とし、それ以外の比重、ピッチングレート、エアレーション、発酵温度等は全て同一条件とする。

まずはじめに基本のレシピを下記の通り構築した。

UBL-035
Batch Size : 5L
IBU : 14
Fermentables : Wheat Malt 52%, Pilsner Malt 40%, Dextrin Malt 8%
Hop : Tettnanger
Yeast : Imperial Stefon G01
Mashing : 45℃ 20min → 67℃ 90min → 75℃ 10min
Boiling : 90min
Fermentation : 18℃ 3days → 22℃ 11days

グレインビルはWheat : Pils=60 : 40をベースにWheatの8%をDextrin Maltとし、ボディの向上とわずかな甘さの付与を図る。ホップはジャーマンホップの王道のTettnangerをFWHで加えている。

イーストはImperialのStefon G01。パッケージの酵母数が200 Billionと大変に多く、一世代目の新鮮な酵母をそのままピッチングに使える。またスターターを作る場合よりも推定酵母数のブレが小さくなるため、ピッチングレート計算の確度も高まる。ピッチングレートはエステル生成増強を狙って低めの0.625 [million cells/ml/degree plato]とする。

マッシングはクローブ香の強化を目的としたAcid Restをまず実施。メインの糖化温度は平均的な67℃。糖化の完了はヨウ素滴定で判断し、OKとなってからMash Outに移行する。煮沸はPils由来のDMS除去のため90minを確保する。

発酵スケジュールについて、最初の3日は温度を低めに保ち急激な酵母増殖に起因するオフフレーバの生成を抑制し、その後はエステル生成を狙ってやや高めの22℃とした。(White Lab公式のWLP300を用いたWeizenレシピでは21~22℃がバナナフレーバ生成に適した温度として推奨されている)低温発酵についてはまた後日検証する予定だ。


次にグルコース添加版である。

UBL-036
Fermentables : Wheat Malt 50%, Pilsner Malt 38%, Dextrin Malt 8%, Dextrose 4%

WheatとPilsからそれぞれ2%ずつ引いてDextrose(ブドウ糖)を4%加えている。その他の要素はすべてUBL-035と同様だ。

2018/11/16-17 仕込み

ようやく仕込みである。今回はマッシングの再現性向上を狙ってある新兵器を導入した。

投げ込み式低温調理器である。有名なのはAnovaブランドだが、今やAmazonでジェネリック機種が激安で販売されており、上の機種は7000円で購入したものである。ヒーターとポンプが内蔵されており、溶液を循環させながらPID制御のヒーターを駆動することで対象が水であれば±0.1℃の精度で温度を安定させることができる。

しかしやってみてわかった問題は、マッシュの場合内部にグレインバッグと麦芽が存在し、これが溶液の循環を阻害してしまうため、温度に大きな偏りができてしまうということだ。常にお玉を使ってマッシュ全体を撹拌している間なら温度は全域で安定するのだが、それだとわざわざ楽をするために低温調理器を買った意味がない。対策としては高出力のポンプかミキサーでマッシュを強制循環させることなのだが、それはつまりRobobrewである。「車輪の再発明」という言葉があるが、車輪は再発明して初めてそのすばらしさが分かる物である。Robobrewってすごい完成度なんだなーと脳内で勝手に納得していた。

ブドウ糖はボイルの段階で添加する。マッシングの段階で入れるとマッシュ濃度上昇&ブドウ糖が麦芽殻に吸着されることで効率が下がるからである。ホップはFWPとBoil終了前15minに添加するが、今回は不織布袋に入れてみた。煮沸中は図らずしてこの不織布がアク取りの役割を果たし、心なしか普段より麦汁は澄んでいたように思える。90min煮沸後チラーで急速に冷却し、適切な濃度に希釈する。この際、冷蔵庫でキンキンに冷やした水を使うとウォート温度を一気に下げられて楽だ。

発酵には改造温調冷蔵庫を使用する。梅酒瓶の熱容量が大きいため、大型の冷蔵庫であるがオーバーシュートは±0.2℃程度に収まる。サーミスタは写真のように瓶側面に貼り付け、その上から断熱材を巻く。これによって冷蔵庫雰囲気との熱交換を防ぎ、極力瓶の温度と親しい値を取得する。本来であれば熱伝導シートも間に挟んだほうが良いのだが、そこまで応答性を求められるわけでもないので特に施工はしていない。

2018/11/30-31 瓶詰め

極力酸素と触れないよう、最大限の注意を払って液体のハンドリングと容器のガスパージを行って瓶詰めした。結構面倒なので素直にCounter Pressure法を導入したほうが良いかもしれない。プライミングにあたっては発酵時の最大温度を考慮して溶液の残留CO2量を計算し、それに基づいてプライミングシュガー量を計算する。カーボネーションレベルは3GV狙いで、投入したグラニュー糖は330mlあたり2.6gであった。

ということでボトリング&ラベリング完了。ラベルのデザインはグルコースの骨格をイメージした六角形である。あとはカーボネーション完了まで1周間ほど放置する。