Iwami Brewing Method

ついに冷蔵庫のハッキングに成功し、温調発酵槽を手に入れたわけだが、問題点が一つ。

それは容量の問題だ。

上図のように、今まで使用していた梅酒瓶は当然のことながら1つしか入らない。(逆にまるまる一つ入ることがそもそも奇跡)この梅酒瓶の容量は8Lで、発酵中の泡の発生を考えて最大の仕込み量は6Lが良いところである。

こんなにでかい冷蔵庫でたった6Lは無いだろう…

という事で容量を最大限活用する方法を考えると、当然冷蔵庫内寸法にあった矩形の容器を調達するのが最善なのは自明である。しかし、そのような容器はプラスチック製でしか無く、ガラス容器と比較して傷が付きやすく、そこを起点とした雑菌汚染が怖い。

ここで思い出したのが石見式醸造法である。

石見式醸造法について

石見式醸造法とは島根県のマイクロブルワリー、石見麦酒が構築した醸造手法であり、古典的な醸造法と比較し圧倒的なコスト、労力、作業時間の削減効果が得られる手法である。概略については以下の記事に記載がある。

島根の石見麦酒が1桁安いビール醸造設備を施工できる秘密に迫る

http://beeressay.com/blog/2018/05/31/iwamibakushu/

石見式醸造法の最大の特徴は、その発酵容器にある。

従来のブルワリーは専用の醸造タンクを導入し、その中で発酵を行うことが当たり前であった。醸造タンクはたいていはステンレス製で非常に高価であり、しかも使用の度に洗浄、殺菌、乾燥、再殺菌の手間と時間とコストがかかる。加えて醸造タンク単体では温度制御ができず、タンクを置いた醸造室全体をエアコンでコントロールするか、あるいは極めて高価な温調ウォータージャケットシステムを導入するしか無い。

では一方、石見式ではどうか。

上図のように、石見式では醸造タンクを用いず、代わりに上開きの大型冷蔵庫(シェルフフリーザ)の中に大型ポリ袋を入れ、そこに麦汁を注ぎ込むことで発酵容器を形成している。そしてこの冷蔵庫をサーモスタットで制御している。

本手法のメリットは以下

設備がありえん安い

冷蔵庫は大型のものでも数万円、ポリ袋は実質無料。醸造タンクが数十万から百数万する事を考えるとまさに破格である。

バッチごとのタンク洗浄、殺菌工程が不要

ポリ袋は使い捨てなので、1バッチの発酵が完了したらそのまま廃棄できる。これによって醸造タンクの場合に必要な洗浄殺菌工程を全てスキップでき、水、殺菌剤、作業時間、労力の全てを0にすることができる。

個別の温度調整が可能

発酵容器が冷蔵庫そのものなので、サーモスタットと組み合わせて±0.2℃レベルでの精緻な温度制御が可能になる。これには冷蔵庫特有の高い断熱構造も寄与している。また複数台の冷蔵庫を導入した際も、個別での温度調整ができるため、例えばラガーとエールを同時に同じ場所で仕込むことも可能。

どうあがいても最強なのだ。本当にスキがないシステムでこれ以上の工夫の余地は無い。

ここで、今自分の手元には温度調節が可能となった冷蔵庫がある。これは石見式を活用するしか無いじゃないかという事で、早速石見式醸造法を試してみることにした。

石見式の冷蔵庫は上開きだが、残念ながら手元にある冷蔵庫は横置きであるためである。ペルチェの排熱のためのヒートパイプの構造上、横置きでしか熱の排出がうまくいかないようである。という事で、ポリ袋のガワとなるケースを調達してきた。冷蔵庫の内寸をしっかり計測したにもかかわらず、初回に購入したものはサイズが合わず、一度返品した後にようやく手に入れたのがこれである。12Lまで入る。

そして重要な要素、大型ポリ袋。極力厚い物を選ぶのがベターなので、0.04mmのものを購入した。このポリ袋を先程のプラケースに収めることで、発酵容器を形成するという作戦である。

試しに水を突っ込んでみた。いい感じである。ポリ容器の容量12Lに対し発酵時の泡立ちを考慮すれば、仕込める最大量は9L。なかなかいい量だ。

という事で、早速UBL-034の仕込みに本システムを導入する。

まずはポリ袋にウォートを入れ、口を縛ってエアレーション、ピッチング。最後にポリ袋の口を留めて冷蔵庫に投入。プラ容器は冷気の通りを良くするために底面から5cmほど浮かせて設置しているが、実際定常になってしまえばその効果は誤差の範囲だろう。空いた空間には瓶内二次発酵中の瓶を入るだけ入れておいた。

温度計測については写真のようにポリ袋とプラケースの間にサーミスタを挟むだけで、±0.1℃の精度で温度制御ができている。これだけの精度が得られれば、今後の再現性は完璧である。なおこのバッチの仕込みの詳細はこちらにまとめている。


今後の課題とか

課題となったのはポリ袋のハンドリングである。ポリ袋にウォートを移送した後も、やらないといけない工程はいくつかある。具体的にはエアレーション、比重温度計測、希釈、比重温度再計測である。ポリ袋の場合、エアレーションをすることで飛沫がポリ袋内面に飛び散ることになるため、比重計測のためにポリ袋を開いた際にその飛沫が垂れてきたりでかなり厄介だ。糖分を含んだ液体が発酵容器付近に付着したまま放置されると雑菌の温床になりかねない。

そのため、次回の改善として、エアレーションから比重調整までは従来どおり梅酒瓶で行い、あとはピッチングを残すまでといったところで初めてポリ袋で移送しようと思う。これなら作業は容易かつ雑菌汚染リスクも抑えられる。

また別の問題として、この構成だと1バッチしか一度に仕込めない。今までは2日続けて合計2バッチ仕込んで同時に発酵させるということをやっていたが、この構成だとそれができない。内部の容積は充分あるため、レイアウトを工夫して2バッチ、例えば5L,5Lで仕込めるようにしたいところだ。

あるいはもう冷蔵庫を追加で調達するのもありだ。色々調べてみたところ、100Lのチェストフリーザーは2万円程度で手に入るようである。あるいは横開きでも、今回のように箱を使って何個かストックしていくやり方でも良い。良さそうな冷蔵庫をサーチしていると無限に時間が溶けていくのでこの辺にしておこう…