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アスピレータ(水流式真空ポンプ)の製作

前項では3Dプリンタで耐圧性を有する機械部品を出力する禁断の術「耐圧3Dプリント」の極意を紹介した。ということで耐圧3Dプリント技術の応用の導入として、簡単な流体機械を3Dプリンタを活用して製作していく。テーマはずばり真空ポンプの自作である。

前項で紹介したとおり、3Dプリンタで耐圧3Dプリントした継手は3MPaもの内圧に耐えることができた。ならばその逆もまた 然り。耐圧3Dプリント品は真空に対しても耐リーク性能を有している。そこで筆者が試作して みたのが水流式真空ポンプ「アスピレータ」である。

アスピレータとはベンチュリ効果を利用して真空を生み出す最もシンプルな構造の真空ポンプである。構造は上図のとおりであり、特殊な形状をしたT字の継ぎ手(チーズ)と考えてもらっていよく、一切の駆動部が存在しない非常にロバストな構造が特徴である。ここで、具体的にアスピレータの製作に入る前に、原理を流体力学的観点から解説しておきたい。

■ベルヌーイの式

アスピレータの原理を理解する上で必須となるのが流体力学上極めて重要な次の「ベルヌーイの式」である。

ここでρ [kg/m3]は流体の密度、 v [m/s]は流速、 P [Pa]は流体の圧力、 g [1/s^2]は重力加速度、 z[m]は基準位置からの高さをそれぞれ表す。ベルヌーイの式は高校物理で学習した、ある質点の運動エネルギーと位置エネルギーの和が一定であるというエネルギー保存の式を流体に当てはめたものと考えてもらっていよい。第一項は流体の運動エネルギー、第三項が位置エネルギーに相当し、第二項はそれらに加えて流体のもつ圧力エネルギーを表している。これらの和が流体の持つエネルギーであり、それは同一流線上でつねに一定となるというのがベルヌーイの定理だ。

ここで位置エネルギーの変化を無視した上の式において、第一項の運動エネルギーと第二項の圧力エネルギーに着目すれば、流体の流速が遅くなればその代わりに流体の圧力は上昇し、一方流速が早くなれば流体の圧力がその分下がることがわかる。この関係は「ベンチュリ効果」ともよばれる。

流速を変化させる方法はシンプルで、流路の断面積を変えてやればいい。これは例えば庭の草木にホースで水を撒く際、ホースの先端を指で押しつぶすと遠くまで水が飛んで行くのと全く同じ原理である。ホース先端を押しつぶすことでホース先端の断面積が縮小するが、一方で水道から供給される流量は(厳密には異なるが)ほぼ一定であるため、狭い断面積で同じだけの流量を流すべく、水は高速で縮流部を流れるのである。

さて、ここでベルヌーイの式からわかる通り、縮流部では流速が早いため流体の圧力は低下することになる。断面積を絞っていくとやがて圧力は大気圧をも下回る。縮流部とその上流に次の図のように圧力計をつないだならば、縮流部につないだ圧力計の値は上流のそれと比べて大きく下がることになる。


では、ここでこの縮流部に側面から穴をあけたらどうなるだろうか… そう、空気を吸い込んでいくのである…!!

以上の断面積縮小→流速増大→圧力効果→空気吸入という一連の現象を利用したのが先述の「アスピレータ」というわけだ。


■アスピレータの構造と原理

ここで改めて冒頭で見たアスピレータの図を見てみる。今度は内部に水を供給してみる。

この図は前述の圧力低下の模式図そのままであることが解るだろう。要するに、1.ノズルで高速の水の流れを作り、2.最高速部で生まれた真空に対し、3.チューブをつないで外部流体を吸引することで、真空ポンプを構成しているというわけである。このアスピレータのメリットは色々有る。

■アスピレータのメリット

  • 構造が極めて単純でメンテナンスフリー

  • 電源が不要で、水道の水さえ有れば比較的高い真空度が得られる

  • 空気でも水でも、さらには固体粒子も吸入できる

一言で言えば「水道さえあれば動作するシンプル剛健な真空ポンプ」である。だが真空ポンプとしての性能は十分高く、作動流体として20℃の水を使用した場合は理論上約0.02気圧までの減圧が可能である!これはこの圧力に到達すると真空を生み出すために流している水自身が減圧沸騰を起こし、水蒸気が発生してしまうためである。とはいえ、例えばレジンの脱泡や減圧蒸留、吸引濾過などの用途においては十分すぎるスペックであり、一つもっていると何かと重宝する。

■3Dプリントでアスピレータを製作

このアスピレータ、実は2500円そこらで市販されている部品ではあるのだが、市販品の不満な点としてインターフェースの貧弱さがある。

上記の写真は代表的な金属製アスピレータだが、水ポート、真空ポートともにタケノコ継手というのが本当に頂けない。筆者は流体に関してはチューブフィティング(ワンタッチ継手)で組む主義なので、管用ネジがそのままアスピレータに組み込めればなんて便利だろうかと長年考えていた。

そこで3Dプリンタである…!

ということで自分専用にカスタムしたアスピレータをFusion360でモデリングした。

図に示したとおり、アスピレータに対し水ポートには1/4管用雌ねじ、真空ポートには1/8管用雌ねじを設けており、ここに種々の継手を取り付けることで、非常に取り回しのいいアスピレータになる。また流水部について極力なめらかなRを付与することで流れの剥離を防止し、効率のいい排気を狙っている。また3Dプリンタで出力する都合上、ノズル下部にはサポートを廃し、オーバーハング部のダレを防止している。

このような機能を重視した柔軟な設計は3Dプリンタだからこそ為せるものである。これを機械加工で作ろうとなると、部品を複数に分割したり、テーパ加工を行ったりと、大いなる時間と手間がかかることは想像に難くない。

ということで早速作っていく。

ちなみに最近、今まで酷使していたAnycubicのi3 Megaが故障した。原因はおそらくマザーボードで現在修復中である。ということでなにかの節目を感じたのか、ついうっかり新しい3Dプリンタを購入してしまった。

Flash Forge Adventurer 3

使用感についてはまだ使い始めて間もないためなんとも言えない。とりあえずめちゃめちゃ静かであって、しかし適切な出力パラメータをつかめていないとだけ述べておく。

出力の様子を覗いてみると、この複雑形状は3Dプリンタならではと改めて思う。プリントは2時間ほどで完了。層間を強力かつ緻密に溶接していく耐圧3Dプリント設定を適用し、タイトな仕上がりとなった。

プリントで予め設けておいた雌ねじに対して、管用タップを立てていく。切り込む際は適切な切削液を使って冷却と潤滑を怠らないのがポイントである。さもなくば切り込み時の熱で樹脂が軟化、タップに絡みついてきれいな仕上がりは得られない。

ということで完成した。水ポートにはΦ10チューブ用ワンタッチ継手を、真空ポートにはΦ6チューブ用の逆止弁を取り付けている。逆止弁はアスピレータ内部への流体の引き込みを正方向として接続している。通常のワンタッチ継手を使ってしまうと、操作によっては排気ラインへの水の急激な逆流の恐れがあるため逆止弁の採用は必須である。

さて、あとは水道に接続すれば動かすことが出来るのだが、先端から吹き出すウォータージェットの勢いがなかなか激しく、そのままだと水がはねたりしてなかなか扱いづらい。ということで専用のケーシングを作ることにした。

写真のように保存容器に4箇所穴をあけ、うち一つにアスピレータを、もう一つに隔壁継手を設け、真空ラインを接続している。

蓋を閉めれば完成。アスピレータにはシャワーのホースを接続しもう片方の隔壁継手に減圧ラインを接続すれば準備OK。水を送り込めば真空が発生。水は容器内部で減速し、残る2つの穴から穏やかにオーバーフローする。

ということで早速真空度の測定である。

水温を最低に設定しバルブを全開にすると、圧力計の針は一気に回転。値は-0.095MPa、気圧に直せば0.062気圧である!文句なしの素晴らしい性能だ。水温を下げればまだまだ真空度は上がるだろう。

ということで、3Dプリンタを活用して高性能な自分仕様アスピレータユニットを組むことに成功した。今回のアスピレータはリークタイトな耐圧プリント&3Dプリントならではの柔軟な設計の好例だろう。アスピレータ内部の流路構造を工夫すれば任意の場所から配管を引き回だせるし、アスピレータの流路構造を筐体内部で並列化し、大流量化を図るのもいい。とにかく流体機械と3Dプリントの相性が抜群であることがお解り頂けただろう。