Isoamyl Acetate Enhancement

ヴァイツェンの醸造法に関して、以前より大変気になっていた記事があった。

https://braumagazin.de/article/brewing-bavarian-weissbier-all-you-ever-wanted-to-know/

ヴァイツェン醸造に関する様々な事項が詳細にまとめられており、美味しいヴァイツェンを目指す人間にとっては必読の記事である。そしてその中に観たことのない情報があった。5章の「Maltase process / Herrmann process for increased ester production」にそれは記述されている。

2005年にミュンヘン工科大のHerrmannによって発表されたこの手法ではウォート中の糖分比率に着目し、グルコースを40%、マルトースを60%としてヴァイツェン酵母で発酵させると、バナナフレーバの元となる酢酸イソアミルの生成量が飛躍的に増大するというものだ。オリジナルの論文は以下である。(なおドイツ語の論文であるため、全く全体像を把握できていない。

http://mediatum.ub.tum.de/doc/603637/603637.pdf

その原理について、記事中には下記の記載があった。

It is currently being proposed that the stress point for the yeast caused by the forced conversion from glucose to maltose metabolism is delayed. The later the yeast reaches this stress point the more substrate for the production of esters has already been provided from the wort. At the same time, it is being discussed that glucose presence favors the activity of the ester-producing enzymes. An additional explanation being discussed is that at the time of the aforementioned delayed glucose deficit all oxygen (which reduces ester production) has already been consumed. 

出典:Braw!Magazine ”Brewing Bavarian Weissbier — all you ever wanted to know”

「①グルコース代謝からマルトース代謝への強制的な変換によって引き起こされる酵母のストレスポイントが遅れることが原因であると現在考えられている。② 酵母がこのストレスポイントに到達するのが遅ければ遅いほど、酵母がエステルを生成するための基質がより潤沢にウォートから提供されることになる。 ③同時に、グルコースの存在がエステル生成酵素の活性に有利なのではないかと議論されている。またこの議論の補足説明として、上述のグルコース消費が遅れることによって、そのタイミングで既に全ての酸素(エステル生成を減少させる)が消費されていることも影響を及ぼしている可能性がある。 」

以上の説明は当初意味不明だったが、酵母の代謝機構について調べるといくらか情報が出てきた。その中から分かった部分を書いてみる。

①「グルコース代謝からマルトース代謝への強制的な変換によって引き起こされる酵母のストレスポイントが遅れることが原因であると現在考えられている。」

出典:C.White, "Yeast: The Practical Guide to Beer Fermentation", Brewers Pubns

酵母は嫌気性発酵を行うにあたって糖分を代謝(Metabolism)し、利用できる糖分の種類としては単糖のグルコース、二糖のマルトース、三糖のマルトトリオース等がある。しかし酵母は細胞内でグルコースの形でしか糖分を代謝出来ないため、マルトースやマルトトリオースを代謝するにあたっては酵母に余計なエネルギーが必要となり、言い方を変えればそれは酵母へのストレスになる。そのため酵母は構造が簡単な糖分から順に代謝していく。例を示せば最初にグルコース、それに続いてマルトースそしてマルトトリオースである。ウォート中のグルコース濃度が高いとピッチングからマルトース代謝に移行するまでの期間は長くなり、結果、マルトース代謝によるストレスを受けるまでの時間が遅れるというわけだ。


②「 酵母がこのストレスポイントに到達するのが遅ければ遅いほど、酵母がエステルを生成するための基質がより潤沢にウォートから提供されることになる。」

基質(Substrate)とは酵素が触媒となって変化させる化合物のことである。具体的に例を上げればアミラーゼに対するデンプンである。酵母も種々の酵素を細胞内に有しており、エステル生成に関わる酵素は「AAtase」である。AAtaseは酸とアルコールを縮合反応により結合し、エステルを生み出す酵素である。酢酸イソアミルの生成において、酸はアセチルCoA(Acetyl-CoA)、アルコールはイソアミルアルコール(Isoamyl Alcohol)である。ここでAAtaseのエステル生成過程について調べてみた。

出典:Yi-Shu Tai, Mingyoung Xiong," Influence of glucose and oxygen on the production of ethyl acetate and isoamyl acetate by a Saccharomyces cerevisiae strain during alcoholic fermentation", Metabolic Engineering 27 (2015) 20–28

以上の論文より引用したエステル生成フローに基づけば、酵母によって作られたアセチルCoA(Acetyl-CoA)とイソアミルアルコール(3-methyl-1-butanol)を基質としてAATaseが酢酸イソアミル(Isoamyl Acetate)を生成している流れがわかる。すなわち、酢酸イソアミルの大量生成のためには、まずこれら基質が潤沢に存在することが必要となる。そしてその上で必要なのが次で述べるAATaseの活性である。


③同時に、グルコースの存在がエステル生成酵素の活性に有利なのではないかと議論されている。またこの議論の補足説明として、上述のグルコース消費が遅れることによって、そのタイミングで既に全ての酸素(エステル生成を減少させる)が消費されていることも影響を及ぼしている可能性がある。

ウォート中のグルコースおよび酸素濃度がAATaseによるエステル生成に与える影響を調べるため、次の論文を参照した。

C.Plata, et. al, "Influence of glucose and oxygen on the production of ethyl acetate and isoamyl acetate by a Saccharomyces cerevisiae strain during alcoholic fermentation", World Journal of Microbiology & Biotechnology 2005 21: 115–121

この論文では、AATaseの活性条件に着目し、溶液中のグルコース濃度と溶存酸素量を変化させた場合のAATaseの比活性、そして酢酸イソアミル、酢酸エチル濃度を纏めている。論文の要旨をまとめると以下の通り。

  • 酢酸エチルに対するAATaseの比活性は、対数期の開始時にピークを示し、酢酸イソアミルの場合はその終了時であることが判明した。
  • グルコース濃度はAATaseの最大比活性にのみ影響を及ぼす一方、酸素は僅かであるがそのような活性を阻害し、その度合は酢酸イソアミルの方が酢酸エチルよりも高かった。
  • 他方、エステラーゼは、低グルコースまたは中グルコース濃度(それぞれ50または100g / l)においてのみ酢酸エチルの合成を触媒し、静止期の間に酢酸イソアミルで最大加水分解活性に達することが見出された。
  • 培地中の酢酸エチルおよび酢酸イソアミル濃度は、250g / lのグルコース濃度および半嫌気性条件で最大値を取った。

これを更に噛み砕けば、以下の通りとなり、表題の内容との一貫性が示されている。

「AATaseはグルコース濃度が高く、溶存酸素量が少ないほど高い活性を示し、酢酸イソアミル生成においては対数期の終了時にそのピークを示す。またグルコース濃度を高めることで生成したエステルを加水分解する酵素であるエステラーゼの活性は反対に弱まる。」


まとめ

以上の内容を時系列に仮説をまとめると以下の通り

  1. グルコース濃度が高いため、対数期の中盤まで酵母はグルコースを優先的に代謝する
  2. グルコースの代謝によって多くのAATase基質、すなわちアセチルCoA(Acetyl-CoA)とイソアミルアルコール(3-methyl-1-butanol)が生じる
  3. 誘導期から対数期の序盤にかけては酸素濃度が高いためにAATase活性が低く、AATase基質の消費量は少ない
  4. 発酵の進行に伴い溶存酸素量は低下し、AATaseの活性も高まる。また通常より高いグルコース濃度によってもAATaseの活性は高まる。
  5. 対数期の終盤、AATaseの活性は最大となり、それまでに生成されながらもあまり消費されてこなかった多くの基質(アセチルCoA(Acetyl-CoA)とイソアミルアルコール)を元に大量の酢酸イソアミルを合成する。また高濃度グルコース条件ではエステルを分解するエステラーゼの活性も低下するため、酢酸イソアミルの残存量は減少しにくい。

ということではなかろうか!(自信無し

微生物学は未履修であったため、間違いだらけである可能性が大いにある。もしあった場合は教えていただけるとたいへん助かります… しかしグルコース濃度がエステル生成酵素のAATaseの活性を高め、エステル分解酵素のエステラーゼの活性は抑えるというのは理解しやすい内容である。一方ストレスポイントの遅れについてはいまいち腑に落ちない。

出典 : HOME BREW BEER SUPPLIES ”THE LIFE OF BREWERS YEAST?” (最終閲覧日:2018年12月03日) https://www.brewshop.co.nz/blog/the-life-of-brewers-yeast/

AATAseの活性が最大になるのは対数期(Exponential Phase)の終盤であり、以上の酵母数と溶存酸素量の関係を示した図に基づけば、酵母が酸素を消費しきった対数期終盤にAATase活性が最大になるのは理解できる。しかし仮にマッシュにグルコースが含まれていなくとも、AATaseの基質は生成するし、対数期の序盤は酸素存在下でAATaseの活性は低く、対数期の終盤でAATaseの活性が高まってから酢酸イソアミルの生成は行われていくのは間違いない。