■二段式消毒用アルコール蒸留システム

蒸留で消毒用アルコールを自宅で生産する

2020年4月、COVID-19ウイルスの蔓延により日本の市場から消毒用アルコールが消えた。店頭では民衆による愚かな買い占めにより在庫が枯渇。メルカリやヤフオクでは違法出品されたアルコールに異常な高値がつけられ、挙げ句メチルアルコールを主成分とする燃料用アルコールまで何故かどんどん売れていく惨状である。本当に無知とは恐ろしい。

そんな状況でこそ、科学と工学の出番である。消毒用アルコールは市場から消えたが、その原料は未だ豊富に流通している。十分な殺菌能力を有する消毒用アルコールを製造する装置を組み、合法的かつ安価に消毒用アルコールを自作するのだ。

手法はもちろん、「蒸留」である。

■法律に関して

全てを始める前に、法律に関して述べていく。というのも、アルコールの製造に関しては、常にかの忌々しき悪法である「酒税法」がついてまわるからである。酒税法というと酒造に関連する法律と考える人も多いだろうが、実際は酒類にとどまらない影響を及ぼし続けている。

消毒に用いるアルコールには主として二種類存在しているのをご存知だろうか。一つはエタノールと水を主成分とする「消毒用エタノール」、そしてもう一つがこれにイソプロピルアルコール(IPA)を添加した「IPA添加消毒用エタノール」である。

消毒用エタノール(健栄製薬):定価1463円
消毒用エタノールIPA(健栄製薬):定価1050円

上記の健栄製薬の製品を例に取ると、消毒用エタノールは体積分率で76.9~81.4vol%のエタノールを含み、IPA添加消毒用エタノールは同じく76.9~81.4vol%のエタノールに加えてIPAが追加されている。後者について、IPAをわざわざ加えるなら何かしら追加の効果が得られると考えるのが普通であろう。しかし両者に殺菌効果の差はなく、しかもなぜかIPAをわざわざ添加しない消毒用エタノールのほうが約1.5倍高く販売されているのだ。

この歪な状況は、消毒用エタノールにさえ酒税法が適用され、酒税がかけられているという事実に拠るものである。

消毒用エタノールを飲む目的で大量購入大量消費する人間なんておらず、そんなものにまで酒税をかける国税庁のやり方は多くの実験、医療、諸々の営みを阻害する極めて悪質な行為と言わざるを得ない。そのような狂った理由のため、消毒のためのエタノールを作り出す行為も同様に違法行為として禁止されている。

そこで着目すべきは先述のIPA添加消毒用エタノールである。IPAは毒性を有しているため、エタノールに添加することで飲用不可となり、酒税法ならびに酒税の上乗せを回避している。

つまり、このIPA添加消毒用エタノールを製造すれば、酒税法の魔の手から逃れることができるのだ。

■どうやって消毒用アルコールを作っていくか

では具体的にどうやってIPA添加消毒用エタノールをつくっていくか、である。

消毒用エタノールの製造にあたって最も重要なのはそのエタノール濃度であり、最大の殺菌効果が得られるのは質量分率で70wt%。この時の体積分率がまさしく前述の76.9~81.4vol%というわけである。要するに、80%程度のエタノールが作れればよいわけである。そして低濃度のエタノールなら「酒」という形で誰でも簡単に手に入る。つまり酒を濃縮すればいいのだ!

エタノールを濃縮するのは簡単で、ズバリ「蒸留」である。

酒を加熱し沸騰させ、得られたエタノールリッチな蒸気を回収、凝縮させるだけだ。

そこでネックに成るのが蒸留器の調達である。というのも、消毒用アルコールの製造では高濃度のアルコール蒸気を取り扱うため、半端な装置ではリークに起因する火災炎上のリスクが非常に高い。Amazon等で手に入る安価な蒸留器ではそのあたりが雑であり推奨はできない。実験用のガラス器具で組むこともできるが、処理する酒の量は数L単位で大掛かりなシステムとなり、ご家庭では非現実的である。

そこで今回は3Dプリンティング技術をフル活用し、比較的安価かつ簡単な方法で高性能な蒸留器を自作するアプローチを取る。適切な設計と部品選定によって、エタノール製造に最適なシステムを構築していくのだ。

■消毒用アルコール蒸留システムの基本設計

高濃度の消毒用アルコールを取り扱うため、次の通り事前検討を行った。

① アルコール蒸気への引火による火災を防ぐシステムを採用する

高濃度かつ高温のアルコールに引火すれば即座にファイアボンバイエである。そのため、構造上、わずかでも蒸気漏れが生じうる構造では極めて危険である。そこで今回はワンタッチ継手等を活用し、確実なシールと簡便な分解組み立てを両立する構造を取ることとする。また熱源としても裸火が生じないIHヒータを使用し、火災リスクを極力下げる。

②入手性が高く低価格、高濃縮の酒を原料として採用する

原料として使用する酒の度数によって蒸留装置の設計が変わるため、基本設計の段階で酒類はFixさせておく。そこで今回、スーパーや酒屋等で入手できる酒について、度数、エタノール単価の観点でリサーチを行った。結果は次の通り。

価格の観点でのトップはイオンPBブランドの焼酎、それに続くのが果実酒を漬けるためのホワイトリカーである。ホワイトリカーは35度と濃縮度が高く、またほとんどすべてのスーパーマーケットで入手することができるため今回の素材としてはうってつけである。ということでホワイトリカーの35vol%を基準に以後の設計を進めていく。

③ 80vol%程度の高いアルコール濃度を得るため、蒸留器を多段化する

今回行う蒸留操作は水-アルコール混合物から沸点の差を利用してアルコールを単離するものだが、ではアルコールの沸点に達すれば純粋なアルコールだけが得られるかというとそうではない。蒸留を行う上で確認すべきは次の気液平衡線図である。

本図は水-エタノールの混合液に対しての気液平衡線図である。横軸に沸騰溶液におけるエタノールのモル分率を示しており、沸騰によって発生した蒸気のエタノール分率を緑のラインから読み取ることができる。計算はやや厄介な要素を含むため後述するが、例として35%の酒を1回蒸留する場合、そのエタノールのモル分率は0.138と換算される。この時、上図から分かる通り発生する蒸気のエタノールモル分率は0.45、アルコール度数に換算すれば約75%となる。十分高い度数に思われるかもしれないが、あくまでこれは酒の度数が35%を維持した場合の値。実際には蒸留が進行するに伴って酒の度数はどんどん下がっていくため、最終的に回収したエタノール水溶液の度数はこれよりずっと低くなる。

ではここからさらにもう一度蒸留をするとどうなるか。モル分率の最大値は0.63程度となり、アルコール度数に直せば88vol%となる。これだけ高ければ十分な殺菌能力を持つエタノール水溶液が得られるだろう。

実は酒税法とは別に、アルコール事業法も今回の実験で考慮する必要があり、当該の法律は90vol%以上のアルコールに対して適用される事になっている。幸い、35%のホワイトリカーを2回蒸留したところでその最大値は88vol%であることから、アルコール事業法の適用外と判断できる。逆に3回以上蒸留を行ってしまうと、瞬時でも90vol%以上のアルコールが生成する可能性があるため、別途届出等が必要になると考えられる。

以上の観点から、今回の蒸留回数は2回と設定する。

とはいえ蒸留操作を2回繰り返すのは時間と労力がかかる。そこで今回は蒸留器自体を多段化することにした。以上を踏まえて決定したシステム全体の概念図を以下に示そう。

システムは主として第一ボイラ、第2ボイラ、チラー、そして凝縮液回収容器の4つから構成される。通常の蒸留システムと異なるのは第2ボイラが挿入されていることだ。

この第2ボイラは英語ではThumperやDoubler等と呼ばれ、ここで2回目の蒸留が行われる。第2ボイラには予め少量の酒を加えておき、そこに第1ボイラで生じた蒸気を吹き込む構造となっている。第1ボイラーで生成したアルコール濃度の高い蒸気は熱エネルギーを有しており、これを第2ボイラに吹き込むことで内部のリキッドを再沸騰させるというアイデアである。第2ボイラに存在するリキッドのアルコール濃度は1段目よりも高くなっているため、より低い温度で再沸騰が生じ、得られた蒸気のアルコール濃度は更に高まる。この構造によってエネルギーを無駄にすること無く、二回分の蒸留操作を達成し、高度数のアルコールを一度で得ることができるのだ。

こうして得られた二段分の高濃度のアルコール蒸気はチラーで冷却され、凝縮。最終的に液体として回収することができる。

ちなみに第2ボイラに続いてさらに後段のボイラを接続し、構造を最適化すると所謂「連続蒸留器」が完成する。10%程度の発酵液(もろみ)を装置内で多段的に蒸留していくことで、単一の熱源かつ一度の蒸留操作で共沸点までの濃縮ができるのである。

■消毒用アルコール蒸留システムの製作

前置きが長くなったが、実際に製作に移っていこう。

①第1ボイラ

最も低い度数の酒を大量に投入する必要があるため、それなりの容量が必要である。また蒸留操作中は盛んに沸騰が起き、液面が揺動することを考えて、投入液量の2倍程度の容量を持つ容器を選ぶのが望ましい。また安全性の観点からしっかりと密閉できる容器を選ぶことはマストである。以上を鑑みると、圧力鍋をボイラーに流用するのが最も簡便と言える。

ということで買ってみた。パール金属の格安圧力鍋である。1.8Lのホワイトリカーパックを蒸留することを考え、容量は約2倍の3.5Lを選定。価格はわずか4000円と非常にお値打ちである。

というわけで早速改造していく。改造対象は圧力鍋の蓋のみであり、穴を開けたりなどの不可逆な加工は一切不要である。

内側のパッキンを外すと、黒い樹脂の取手を固定する小ネジの頭が露出するので素直にドライバーで外す。

さらにもう一つの弁についても適当なレンチで回すことで取り外す。(ちなみにこの弁が取手内部のメカと連動することで、加圧時にはふたがロックされ、無理に開かないような仕組みとなっている。よくできた構造である。)

蓋から取手と弁を取り外すと、直径14.2mmの穴と座が姿を表す。この穴に対して写真右の継手をマウントしてやる。この継手はエスコの「PT隔壁めすユニオン」であり、適合チューブ外径は6mm、外周部のネジはM14である。奇しくも先程の穴と座に対しこの隔壁継手が神シンクロするため、一切の追加加工なしにマウントすることができる。その際、写真中央のOリング、あるいは適当なシリコンパッキンを挟み、確実なシールを施すのをお忘れなく。

蓋の内側にパッキンをはめ直したら圧力鍋の改造は完了。まるで元からそうであったかのように隔壁継ぎ手が見事に収まっている。これで任意のφ6チューブを圧力鍋に接続することが可能になった。圧力鍋には圧力調整用のリリーフ弁が取り付けられているため、何らかのトラブルで内圧が異常に上昇した際もボンバイエすることはないから安全だ。またリリーフ弁が吹く方向も鍋中心上方であり、仮に裸火が近くにあったとしても引火リスクは小さく抑えられている。

②第2ボイラ

さらなる濃縮が行われる第二ボイラーは一段目ほどの容量は必要なく、1-2L程度あれば十分である。容器としてはガラス瓶が適当であるが、安価なジャム瓶は蓋が鉄製であり、今回のように蓋に穴を開けて使用する場合には鉄表面を覆っているコーティングが失われてしまい、結果凄まじい勢いで錆びてしまって不適である。そこで採用するのは蓋もガラス製の保存瓶である。サビとは無縁であり、本体と蓋の間にはシリコンパッキンが挟まれるため、気密性も申し分ない。

課題となるのはガラスの蓋にどのように穴をあけるかということだ。

ガラスに穴をける際に使用するのは写真のようにホルソーの刃が研磨剤となっているガラスドリルである。ただし難点として単体だと位置決めが極めて難しいという欠点を持つ。被削材はツルツルのガラスなので、引っかけようにも滑って関係のないところまで傷だらけとなって、パッキンによるシールも効かなくなってしまう。

そこで3Dプリンターを用いてガラスドリル用の治具を出力した。治具にはガラスドリル外径にフィットする穴を設け、両面テープを貼り付ける十字の溝を設けている。

肉厚の両面テープでガラス瓶の蓋に固定した様子が上図だ。治具自体の外径も蓋の内部溝にフィットするため、正確な位置出しと、きれいな穴あけが可能になるというわけだ。

この治具を取り付けた上で、水を十分にかけながらドリルで穴あけを行う。穴あけのコツは肉厚の半分まで穴を掘り進めたら、今度は逆側から掘り進め、中央で穴を連結させる事だ。片側から貫通させるとどうしても貫通時に表面が激しく割れてしまうためだ。

ということで得られた穴は上図の通り非常に綺麗だ。

最後、先程の隔壁ユニオンとPISCOの「隔壁ユニオンエルボ」のφ6チューブ仕様を固定し、エルボの方に適当なパイプを取り付ければ、第2ボイラは完成である。

ちなみに以上の隔壁継手類は、今回のような装置を構築していくにあたって非常に便利が良い。PISCOについてはエルボの他にストレートの「隔壁ユニオンP」も用意されているので、要チェックである。

③チラー

最難関となるのがこのチラーの構築である。上図の通り、容器内部に冷却コイルを設け、さらに蒸気入口、凝縮液出口と冷却水の入口/出口の合計4ポートを設ける必要がある。それぞれについて観ていこう。

きれいな冷却コイルの作成にあたっても3Dプリンタをフル活用する。上図は今回の容器のために最適設計し、3Dプリントしたコイル曲げ治具である。詳細はこの記事を参照。

この治具に沿ってなまし銅管を曲げていくことで、完璧な寸法を持つ冷却コイルを作成できるのである。これはおそらく従来は配管屋のノウハウに頼る物だったが、3Dプリンタの普及によって誰でも簡単に任意の曲げが可能になったのだ。

そして出来上がったコイルは完璧だ。治具があるため量産も可能である、

4つの取り合いポートについては第2ボイラと同様、ガラス製保存容器に治具を用いて穴あけし、ユニオンに隔壁ユニオンを用いて構築した。非常に簡単なのでおすすめの工法である。

そうして完成したチラーがこちら。まるで真空管のような美しい仕上がりとなった。

内部の様子も大変素晴らしい。3Dプリンタなしでは成し得ない美しい仕上がりである。

これで全てのユニットは完成だ。

■二段式消毒用アルコール蒸留システム、完成

各ユニットを接続後のシステムの全体像は上図の通り。配管長は最小限とし簡便に仕上げた。

流体の流れは上図の通り。基本設計の項で示した概念図と見比べると、システムがよく分かるだろう。全てのユニットはワンタッチ継手で接続されているため、分解組立は非常に簡単。シールの信頼性もバッチリである。

専用のコンプレッサー式チラーを持っている場合は別であるが、冷却水には水道水を使うのが最も楽である。その際おすすめはカクダイの出しているカチットジョイントセットである。風呂場のシャワーホースから、必要なときだけ水を引き出せるので非常に便利だ。二枚目の写真の様に配管すれば、φ6のチューブに水を供給できる。

■IPA添加消毒用エタノールの製造実験

ついに実験の時が来た。

ということで35%のホワイトリカーとIPAを用意した。ホワイトリカーはどのスーパーマーケットでも間違いなく手に入るが、課題はIPAである。代替品としては車のエンジン用の水抜き剤が使えるかもしれない。(水抜き剤の99%はIPAで、残りは防錆剤とのこと)

第一ボイラにホワイトリカーを全量加えていく。

エタノール度数の計測には簡便な屈折率式濃度計を用いた。水とエタノールの比率と液体の屈折率の関係を用いており、一滴だけのサンプルから簡単に濃度を図ることができ大変便利だ。これでホワイトリカーの度数を測ると、35%と表示されている。

そしてIPAを第1ボイラ、そして第2ボイラに添加する。これで蒸留操作中の全ての段階で、発生する溶液は飲用不可となり、酒税法の適用外となる。

第2ボイラへの添加量は、上図のように吹き込み管が完全に没する量が必要だ。こうしないと吹き込まれた蒸気がそのままチラーへ流れていってしまい、再沸騰による濃縮効果が得られない。

原料の投入が完了したら、IHヒータの電源をONにして蒸留を始めていく。第2ボイラのガラスへのヒートショックを防ぐため、序盤は弱出力で沸騰させ、発生する蒸気でゆっくりと温めていくのが良い。第2ボイラの内表面全体が結露し、定常的な再沸騰が発生し始めたら、IHヒータの出力を上げ、蒸留量を増やしていく。

加熱を初めてしばらくすると、チラーから凝縮したアルコール液が出てくる!早速濃度計で測ってみる。

濃度計のレンズを除くと、値は見事に80%に張り付いていた!実験は成功である!!十分なアルコール濃度であり、これによって確実な殺菌作用を得ることができるはずだ。

蒸留操作は非常に安定しており、セットアップから1時間程度で全投入量の約半分を処理することができた。この時点で滴下する凝縮液の濃度を計測するとすでに10%を割っていたため、蒸留操作は中断した。

最終的に回収したIPA添加消毒用エタノールは約900ml、エタノール濃度は70%を超えており、消毒液として完璧に動作する物を得ることができた。

■終わりに

ということで、完全に実用する消毒液を作り出すシステムを3Dプリンタと市販の部品を駆使して構築することに成功した。連日悪質なワイドショーという犯罪組織がテレビを介し国民の不安を煽り、結果として買い占めや転売という愚かな現象が繰り広げられる昨今であるが、基礎的な化学とそれを形にする手法を調べ、考えれば、最小限のツールと部品で実用品が作れるのである。

とりわけ、3Dプリンティングの技術は、急速な環境の変化に立ち向かう武器として非常に有用だ。3Dプリンタでマスクや人工呼吸器を出力するプロジェクトも世界で行われている。3Dプリント品の医療衛生における問題点は未だ議論されいているが、個人的には今回のように治具を出力して高い完成度の機械を作るという発想が広まっていけば良いと思う。

この記事を読んでいただいた方々が、本記事を参考に蒸留装置を作り、あるいは別の科学工学的アプローチで各々の感染対策を実施頂ければ幸いである。


2020/05/01 yasu