Mk.19

3Dプリンタで出力する、AM時代の新しいエグゾーストキャノン

3Dプリントの技術を引っさげ、6年の沈黙を破る

■まえがき

どうやら、最後にエグゾーストキャノンの新規開発をしてから6年もの歳月が経っていたようである。最後の機体であるMk.18を製作した2014年からの3年間は、大学院での研究を続けながら既設機の機能強化を目的として改造を続けていたが、卒業後は某社での暗黒の3年間…金属加工や圧縮空気とは無縁の地獄の日々であった。

そんな暗闇の中で、自分を救ってくれたのが3Dプリントという技術だった。CADで設計したものがデスクトップの自動機械ですぐ手に入り、トライアンドエラーも容易。さらに研究の結果たどり着いた耐圧3Dプリントを適用すれば耐圧部品も製造可能と分かった。

そして時は経ち2020年4月。地獄からの決別と引越し、そして新拠点構築を経て、ついに復活の狼煙を上げる時が来た。開発対象はもちろん

無隔膜衝撃波管-Exhaust Cannon-

沈黙の6年間で新たに習得した3Dプリントの技術をフル活用してAM時代の新たなエグゾーストキャノンを創造し、巴波重工復活の象徴とするのだ。

■方針

今までに18機を開発したエグゾーストキャノンシリーズであるが、その開発方針は主として2つあった。一つは排気速度や連射機能などを極めた性能追求型。もう一つは構造を簡略化して製作のハードルを下げた製作性追求型である。

後者について、単管式の発明はまさにこの始まりで、水道管をベースに旋盤不使用で構築可能となったエグゾーストキャノンMk.5などはその最たるものである。

しかし、このMk.5で大幅に製作難易度が下がったとはいえ、実際には水道管へドリルで穴あけを施したり、穴を金ヤスリで拡張したりと、それなりにハードな加工が要求される。またなんといっても外観はザ・水道管。クールな外観とは決して言えないだろう。

そこで、3Dプリンターである。3Dプリンターを使えば、望んだ形状が最初から手に入る。従来の環境では一苦労だった大口径の穴あけや、旋盤でしか作れない円筒形の部品ですら3Dモデル次第でいくらでも造形可能。さらに耐圧3Dプリント設定を適用することで、リークの心配も一切なく、その応用としてOリング溝の成形方法も確立している。また3Dプリントならではの設計の自由度を活かせば、水道管キャノンのような野暮ったいデザインからも脱することができるはずだ。

ということで、今回は3Dプリンターを活用することで、外観性と過去最高の製作性を両立する新しいエグゾーストキャノンを開発していく。

■課題:如何に応力集中を避けるか

今回使用する3Dプリンターは樹脂を溶融して積層させるFDM式であるが、課題はその強度である。耐圧3Dプリント設定を適用したところで、所詮は樹脂である。応力が集中してパキッと割れる脆性破壊からの爆発が一番怖い。

従来のエグゾーストキャノン設計ではシリンダーとノズル/尾栓の固定方法として、上図のようにシリンダーに放射状に穴を設け、そこにボルトをねじ込む構造をとっている。この構造を断面に表すと次のようになる。

従来型のパイプとノズル/尾栓の締結方法

内圧が高まると両端の栓に荷重が作用し、最終的にそれを受け止めるのは赤の破線で囲ったボルトねじ込み部だ。荷重を受ける箇所はその面積が大きければ大きいほど、断面変化が緩やかであればあるほど生じる応力は緩和されるが、このボルトねじ込み構造はパイプの孔、栓のネジ穴がピンポイントで荷重を受ける構造であるため、パイプ側/栓側双方に大きな応力が生じることが予想される。

加えて射撃後に内部ピストンユニットが停止する際の衝撃荷重も、最終的にはこの部位で受け止めることになるため、エグゾーストキャノンの構成部品の中でもとりわけ条件が厳しいのがこの部位なのだ。

実際、過去に製作した機体でも、パイプ側の穴がその衝撃に耐えきれず降伏し、変形してしまった事例が何件もある。(その際に施した破損対策はまた別の機会で…)

この構造を脆性破壊リスクのある樹脂製エグゾーストキャノンにそのまま当てはめるのはなんとしても避けたいところだ…


さて、そこで参考にするのは市販エアシリンダーの耐圧構造である。

エグゾーストキャノンの耐圧構造と比較して特徴的なのは、両端の樹脂製の栓とそれを保持する金属製シャフトである。以上の構造を断面図に表すと次のようになる。

エアシリンダーにおける締結方法の模式図

図のように、パイプ外部に張り出した栓同士を金属製のシャフトおよびナットで締結することで、内圧作用時、両端の栓にはナットを介した圧縮応力だけが作用する。またナットにワッシャーを組み合わせることで、座面に生じる応力も下げることができる。以上の応力条件の緩和により、栓が樹脂であってもその脆性破壊リスクを回避できるのだ。

たとえ樹脂の強度が低くても、構造を変えることで設計を成立させる。単純な素材の強度アップではないアプローチこそ、「設計」の面白い部分である。

またこの構造はパイプへ生じる応力が内圧のみになるというメリットがある。従来設計では栓に掛かる荷重がパイプの穿孔部に集中するため、その素材は高い強度を持つ金属しか選択肢がなかった。しかし、今回はその制約が取り払われ、最高1MPa程度の設計ならば樹脂パイプを使用することも可能になる。

具体的には給水管に用いられるVP管は1MPaの最高使用圧力が設計値として保証されているため、全く問題なく使用することができる。VP管は非常に加工もしやすく、また透明で内部が可視化できるものも販売されているため、今回のコンセプトに完璧にマッチする。

ということで今回は以上の耐圧構造を活用、またパイプには透明VP管を採用し、製作性と外観性を引き上げていく。

■3Dプリントによる耐圧容器構造の試作

今回は初めて1MPaまでを扱う本格的な圧力容器の3Dプリントである。そこでエグゾーストキャノンの設計にそれを組み込む前段階として、予備実験をしておくことにした。

そうして製作したのがこの最小構成の耐圧容器である。シリンダーにはクリア塩ビ管(Max1.0MPaが設計値として保証されている)を使用し、その両端を3Dプリントした栓がシールする構造となっている。

そしてこの2つの栓同士をボルトで締結することで、内圧に対しボルトが引張応力、栓が圧縮応力の形で対抗し、釣り合いを保つ。

なお栓のボルト貫通部には外径Oリング溝を配し、そこにOリングを挿入することでリークを防止している。この構造によって、高い内圧が作用しても十分な強度をもたせられると考えた。

栓の片側には写真のように2つのチューブフィッティング継ぎ手を配した。一つは加圧用ポート、そしてもう一つは水圧試験時に内部を水で満たす際の空気抜きポートである。

ということで早速耐圧試験を行っていく。この日のために予めメルカリで水圧テストポンプを調達しておいた。

内部に水を充填し、テストポンプを取り付ける。徐々に水圧は上がり、最高使用圧力の1MPaに到達。まだまだリークや変形などは見られない。

そこからさらに圧力を上げ、最高使用圧力の1.5倍である1.5MPaに到達!

30分ほど放置しても圧力の低下は見られず、耐圧試験は無事クリアである!さらにそこから試験的に1.8MPaまで上げてみたが、リークなどは生じなかった。十分な耐圧性能である!!


これは素晴らしい実験結果で、今後の開発にあたって塩ビ管と3Dプリント品で大容量の耐圧容器を構築可能であることを示唆するものだ。従来は旋盤加工、あるいはグラインダーと溶接くらいしかなかったアプローチに、卓上で全てが完結する3Dプリンターという超絶簡便な手法が追加されたのである。

■3Dプリントを活用したエグゾーストキャノンMk.19 の設計

無事に耐圧試験をクリアしたところで、ついにエグゾーストキャノン本体の設計にかかっていく。設計は3Dプリンタでの出力のため、全て予め3DCAD上にて実施した。ということで早速構造を見ていこう。

圧縮空気導入時。ノズルはノズルシールピストンに取り付けたOリングによってシールされる。

尾栓から圧縮空気を排気することで、メインピストンが後退。ノズルが開放され内部の圧縮空気は瞬間的にノズルから排気される。

基本構造は最も実績のある機体であるMk.7と全く同様の単管式を採用し、唯一異なるのはシリンダーとノズル/尾栓の固定方法である。先程のエアシリンダーと同様にシリンダー外部に3本のシャフトを配し、これでノズルと尾栓を締結する。ピストンユニットを構成する樹脂部品はすべて3DP刷って出しで、一切の追加加工は不要。唯一、ノズルについてその内面がOリングの摺動に耐えうる滑らかさかどうかがやってみないとわからないポイントである。

■出力

ということで、早速出力していく。出力には耐圧3Dプリント設定を適用し、極力薄く、ゆっくり、高温でやや多めのフィラメントを押し出し、プリント済みの下層と常に溶着させながら積層を行っていく。

部品同士のクイアランスについてはほぼ一発で決まることはないと考えて良い。今回もノズルピストンとメインピストンについては、適切なOリングの密着性を得るため、それぞれ5回程度のトライアンドエラーを繰り返している。このあたり、例えば切削加工であれば必要に応じ追加切削を行えばすむが、3Dプリントでは都度のモデル変更と刷り直しが必要になってしまう。オール3DP縛りはなかなか難しい一面があるということを痛感した一面である。

ちなみに上記一セットのプリントに要した時間は10時間ほどである。


出力した部品のうち、主要なネジ部についてはタッピングを行いネジを整形した。ちなみにネジについても3Dモデルの寸法を詰めれば追加加工無しで成形可能だ。特に管用ねじについてはあえてわずかにキツくなる程度に仕上げることで、シールテープ無しでの使用も可能になるだろう。



そして最後、Oリングと摺動するノズルについてだが、非常に良好な出力結果が得られている!触ってみるとたしかに細かい凹凸はあるものの、Oリング摺動時にリークの原因になるような大きな凹凸は見られない。念の為、紙やすりで内面を研磨したところ、大変なめらかな摺動面を得ることができた。これなら完璧である!

塩ビ管の加工には今回チップソーを使用した。切断後は内面についてバリ取りをおこなう。これについてもパイプカッターと棒ヤスリさえあれば、一切騒音を出さずに卓上で加工可能だ。樹脂加工は金属と比べて楽で良い…

ピストンユニットのダンパーとなるゴム板をサークルカッターで切り出しておく。厚みとしてはせめて5mm以上は欲しいところだ。またゴムの質についても極力柔軟な物を選ぶべきである。

さて、これにてすべての部品の出力と加工が完了した。ついに組立の時である。

■組立の時

部品を並べてみた。非常にシンプルな構成である。

パイプの下に置かれているのが、メインピストン、ピストンホルダー、ノズルピストンが一体となったピストンユニットであり、これがパイプ内部で摺動する。

メインピストンはすべて一体で整形されている。逆止弁作用をもたらす上面の切り欠きも、従来は一つ一つボール盤で穴あけ加工を行っていたが、もはやその必要はないのだ。

中央のボルトとの締結には緩み止めのためにノルトロックワッシャーを使用しており、これは過去のエグゾーストキャノンシリーズからの継承である。

ノズルシールピストンはクリアランス調整に手間がかかったが、一度寸法が決まってしまえばなんてことはない。Oリングと合わせてノズルと問題なく摺動する。

■完成

ついにすべて3DPで出力したエグゾーストキャノンMk.19が完成した!


せっかくなのででかい写真で見て頂いた。初のスケルトンエグゾーストキャノン、内部のピストンが見えて大変クールだ!

尾栓部分。エア供給のためのプラグがねじ込まれている。

(部品表面は外観をパキッとさせる目的で旋盤で一皮剥いている)

プラグにカプラを取り付けた様子。エアーを送り込めばメインピストンが前進し充填完了。カプラを外すことで発射のトリガーとなる。

ノズルの様子。寸切ボルトと本体の固定はバリによる怪我防止のために袋ナットで行ったが、結果としてデザインのアクセントになった。

(端面についてはこちらも見た目重視のため旋盤で一皮剥いているが、行わずとも十分美しい外観は得られている)

ノズル内面は旋盤加工なしのヤスリがけのみであるが、非常になめらかで美しい仕上がりだ。これが数万円の卓上3DPで出力できるのだから本当にすごい時代が来たものだ。

■動作試験

ということで、ついに火入れの時だ。

やや恐れを抱きながら0.8MPaの圧縮空気を導入。トリガーをかけると、ノズルから圧縮空気が瞬間的に開放され、爆音が鳴り響きペットボトルは瞬間的に視界から消し飛んだ!完璧に動作している!!

速度を計算した所、どうやら時速50kmほどの速度で吹き飛んだようだ。ノズルシールピストンに助走領域を設けた設計のため、ノズルの全閉→全開に要する時間は過去のエグゾーストキャノンMk.7と同等であり、一切妥協のないスペックに仕上がった。

何より、内部構造が可視化できるのが面白いポイントである。ピストンの動きはもちろん、エグゾーストキャノンに特徴的な射撃後、断熱膨張で生じる霧も明瞭に観察できる。

発射待機状態

発射直後。断熱膨張で生じた霧が瞬間的にシリンダー内部を満たす。

■最後に:3Dプリンターと流体機械

というわけで、3Dプリンタで最高の製作性とクールな外観を併せ持つエグゾーストキャノンが完成した。こんなハイパワーなマシンがPCとプリンター、そしてヤスリなどの最小限のツールで構築できるのだから驚きの時代である。

ここで重要なのは「3Dプリンターは製作を楽をするための道具に決して留まらない」ということだ。空気の流れを最適化する流路構造や、発射を自動化するバルブ周りなど、流体機械の構造はとにかく複雑で、しばしば加工方法の限界がその実現を阻んできた。

しかし、3Dプリンターという全く新しい造形方法がそれらを可能にし、新しいより高度な流体機械設計の可能性を提示しているのだ。

耐圧3Dプリントや管用ネジの造形、Oリング溝の造形、それらを活用した既存機械の再現はその序章にすぎず、今までにない機構や機械を生み出すことこそ、「真の3Dプリント工作」と言えるだろう。

2021/04/01 yasu