Deaerator for Ultrasonic Cleaner

超音波洗浄機用脱気器の製作

3Dプリントした真空ポンプで超音波洗浄機の真の力を引き出す

メガネ屋などで身近に目にする超音波洗浄機。もちろん家庭用にも売られており、眼鏡はもちろん時計や自転車部品の日常的洗浄、機械製作における部品洗浄など、その用途は幅広い。

しかしながらこの超音波洗浄機、通常の使用法では装置の持つ本来のパワーを引き出せてはいないのだ。そこで今回は「真空」の力を組み合わせ、超音波洗浄機本来のパワーを引き出し圧倒的洗浄効果を実現するための改造方法を紹介する。

■座学:超音波洗浄とキャビテーション

改造に入る前に、超音波洗浄機における洗浄機構を簡単に説明していく。超音波洗浄機と聞くと、超音波が汚れを落としているように思う方も多いだろうが、実はその洗浄機構の本質は「キャビテーション」という物理現象に起因するものであり、超音波はこのキャビテーションを発生させるための「ツール」に過ぎない。超音波、そしてキャビテーションによる洗浄機構は次のとおりだ。

  1. 疎密の縦波である超音波が水中に入射されると、水の圧力はある瞬間には低圧、また次の瞬間には高圧へ周期的に揺さぶられる

  2. この低圧時、水の圧力がその温度での飽和蒸気圧を下回ると、局所的に沸騰が生じはじめる

  3. 圧力は更に低下し、沸騰により生じた蒸気は成長して蒸気の泡が形成される

  4. やがて高圧の波が到来して周囲圧力は回復し、蒸気の泡は周囲の水圧に押しつぶされ、一気に崩壊。この時、局所的に強力な衝撃波が発生する

以上の圧力変化による蒸気気泡の成長→崩壊現象をキャビテーションと呼び、この崩壊時に生じる衝撃波が物体表面に作用し、強力に汚れを落としているのである。なお超音波洗浄機を駆動すると生じるチリチリと騒がしいノイズは超音波ではなく、このキャビテーション現象によって生じる衝撃波が可聴音となって知覚されたものである。

■キャビテーション気泡の非球形崩壊

以上のキャビテーション気泡の崩壊について、壁面近傍ではさらに興味深い挙動を示すことが知られている。この図において青い矢印は水の流れを表しており、一枚目では気泡周囲が均質なため、気泡は球形を維持したまま圧縮、崩壊していく。

一方、壁近傍の気泡について見ていくと、壁面側では水の供給がなされず、壁の反対側から一方的に水が流れ込むことになり、結果として壁面へ向かう高速のウォータージェットが形成される。この局所的かつ高速なウォータージェットが先程の衝撃波と相まって洗浄面を鋭く叩き、強力な洗浄を可能にしていると考えられているのだ。


ちなみに余談であるが、

このキャビテーション現象は超音波洗浄に限った話ではなく、その研究はポンプや船のプロペラなど液体を扱うターボ機械開発が発端となって始まったものだ。ポンプやプロペラはともに羽根車を有しており、これが水中で回転することで水にエネルギーを与え、ポンプであれば圧力を、プロペラであれば運動エネルギーを生み出している。

ここで羽根車の回転速度が増大していくに連れ、羽近傍での水の流速も増大していくわけだが、ベルヌーイの定理で明らかなように流速増大に伴って水圧力は低下していくため、ある一定速度を超えると減圧沸騰で生じた大量の蒸気泡が羽根車を包み込んでしまう。この状態では羽根車は水にエネルギーを伝達することができず、極端な性能低下が生じてしまう。それで済むならまだ良い方で、キャビテーションの恐ろしさはその崩壊時にある。高速回転領域を通過すると水の圧力が回復するため、発生した蒸気泡は一斉に崩壊し、凄まじい振動や騒音を生み出すのみならず、羽根車表面を鋭く叩きまくって、羽根車表面は激しい腐食を受けたかのようにボロボロになってしまう。この物理的作用による材料の侵食は壊食(エロージョン)と呼ばれ、ターボ機械設計者の頭を常に悩ませてきたのだ。

今回の超音波洗浄機は以上のキャビテーションによる壊食作用と原理的には全く同じもので、そのエネルギーを適度にデチューンしたものだ。ターボ機械にとっての悪魔の現象も、使い方によっては有益になるというのはなんとも工学的に面白い話である。

余談おわり

■キャビテーション洗浄を阻害するもの

実は以上の減圧沸騰と同じく、超音波を入射した際に気泡を生じる機構として溶存ガスの放出がある。超音波の入射によって圧力が下がると、水に溶け込んでいた酸素や窒素などが気泡として顕在化するが。これらは上述の蒸気泡と異なり非凝縮性であるため、圧力回復時に崩壊せず、互いにくっつき成長し大きな泡になって水中にとどまり続ける。するとこれら溶存ガスの気泡は例えるならスピーカの吸音材のように作用し、超音波振動子から入力された疎密波を減衰させてしまうのである。これによりキャビテーション発生も抑制され、結果として洗浄効果もダウンしてしまうのだ。

つまり超音波洗浄機に普通の水道水を注いで普通に使用している状態では、エネルギーの大きなロスが存在しているわけである。

■脱気操作でエネルギーを余すことなくキャビテーションに変換せよ

逆に捉えれば、このロスを生み出す溶存ガスを排除、すなわち「脱気」ができれば、投入エネルギーは余すことなくキャビテーション生成に注ぎ込まれ、洗浄機の真のパワーを引き出すことができるはずである。

ということで、前置きが非常に長くなったが、今回は超音波洗浄機に脱気機能を改造で追設することで、洗浄機の持つ真の洗浄力を引き出す試みを行っていく。


■改造の方針

水の脱気にはいくつかの方法がある。事前にそれらについて検討しておこう。

■加熱による脱気

ガスの水への溶存量は温度によって変化し、温度が高ければ高いほどその量は減少する。そのため一度水を沸騰させることで脱気を行うことが可能である。一方で、キャビテーション発生に於いてはその液温も重要なファクターとなる。温度が高ければ高いほど、沸騰が生じる飽和蒸気圧も1気圧に近づくため、超音波の入射によってわずかに圧力が下がっただけで蒸気泡が一気に成長し、結果先の溶存ガスと同様に超音波の伝搬を阻害してしまう。そのため沸騰による脱気後は室温程度まで水を冷却する必要があり、作業が煩雑になる。

■減圧&超音波入射による脱気

以上の加熱による問題を解消するのが減圧による脱気である。やり方はシンプルで、超音波洗浄機の洗浄槽を覆う蓋を用意し、そこに真空ポンプを接続し減圧を行うだけである。このやり方では水温は変化しないため、脱気完了後にすぐさま洗浄操作に入ることができる。さらに減圧中に超音波を入射し続けることで、ミクロの減圧作業によって溶存ガスの気泡化を促進できる。以上の真空ポンプによるマクロな減圧と超音波によるミクロかつ強力な減圧によってスピーディーな脱気操作が可能になる。

加えて、たとえば細かく複雑な部品の洗浄行う場合には部品の間に入り込んだ空気が洗浄の妨げとなるが、部品と水をまとめて脱気することでこの空気も除去することができるため、副次的な洗浄機能向上も期待できる。

■超音波洗浄機を改造し、減圧脱気機能を追加する

仕上がったアクリル部品。肉厚15mmで角のR加工、穴あけ含めてわずか3000円である。

ということで早速改造である。今回は超音波洗浄機の洗浄槽を覆う蓋を設け、そこに真空ポンプと真空計が接続可能なインターフェースを設けていく。脱気操作中は内部の様子が見れたほうが楽しいので、蓋の素材としては透明なアクリルを選択。肉厚については真空引きによって生じる大きな荷重に耐えるべく、厚めの15mmとしている。

この肉厚のアクリル板をきれいに加工するのは至難の業なので、今回はアクリル素材最大手の「はざいや」に加工を依頼した。Web上のフォームに洗浄槽の寸法に合わせて二辺の寸法や角のR加工、配管取付け用の穴あけを支持すれば自動で見積が得られ、非常に安価かつ高品質なので、大変便利だ。

配管を取り付ける都合上、板に管用雌ねじを設ける必要があるが、今回はねじ切り加工は自前で行うこととして、下穴のみ予め加工してもらっている。

自前で1/8インチの管用タップを立てていく。タッピングの際には写真のようにボール盤を用いてタップを部材に押し当て、手動で回転させることで簡単に直角を出すことができる。

ある程度まで切り込んだらボール盤から外し、タップハンドルを取り付けてしっかり切り込んでいく。アクリルは切り込んだ際に生じる摩擦熱でタップと簡単に溶着してしまうため、作業中は切り込み部を水で冷却するのがきれいに仕上げるコツである。

タップ立てが終わったら、カウンターシンクを用いて端部の面取りを行う。これで雌ねじ加工は完了である。

ねじが切れたら真空計とバルブを取り付ける。バルブは3方弁を使用しており、弁を操作することで洗浄槽の接続先を真空ポンプ、大気開放とそれぞれ切り替えることができる。また蓋と洗浄槽の間に挟むパッキンも自作する。今回は3mmと肉厚のシリコンゴムシートを切り抜いた。洗浄槽の表面にはうねりがあるためある程度の肉厚がないと密着性を得るのが難しいからである。

超音波洗浄機、製作した蓋とパッキン、そして真空ポンプを接続すれば「減圧脱気機能付超音波洗浄システム」の完成である。真空ポンプには3Dプリンタで出力した水圧駆動アスピレータを使用し、これをシャワーホースにつなぐことで真空を発生させる。洗浄槽の水を減圧脱気する際には大量の水蒸気を吸い出すことになるため、これを吸い込んでも問題のないアスピレータが最適なチョイスとなる。逆にロータリーポンプやダイアフラムポンプなどの真空ポンプでは故障の原因となるので注意が必要である。

■いざ脱気!!

ということでいざ減圧実験である。洗浄槽に水を入れたらパッキン、蓋を載せ、アスピレータで真空引きを行う。蓋に少し荷重をかけることで試験槽とパッキンが密着し、あとは放って置けば圧力は下がっていく。パッキンの密着性は申し分なく、バルブを締めて放置しても一切のリークは確認されず、真空容器として完璧に動作しているようだ。この日はアスピレータを駆動する水温が高く、得られた真空としては-85kPa(0.16気圧)程度であるが、超音波脱気目的ならば十分な値である。

この段階で槽の底を見てみると、わずかに溶存ガスが気泡として成長し始めているのが見て取れる。しかしこれでは脱気としては全く不十分である。そこでさらなる減圧作用を得るべく超音波を入射する。入射ボタンをポチッと押すと…

超音波入射のボタンを押した瞬間、突然面白いほど激しく気泡が一気に発生しだした!アスピレータによるマクロな減圧&キャビテーションによるミクロな減圧の相乗効果で凄まじい勢いでボコボコ脱気が進む!脱気装置としては大成功である。

そして10分間の脱気完了後、蓋を取り外して超音波を入射すると、今まで見たことのない現象が発現した。水面が激しく波打っているのである。全体に超音波のエネルギーが余すことなく伝搬している様がひと目で見て取れる。また生じる音響もチリチリではなく、キンキンとかカンカンなどよりハードな物に変化している。明らかにヤバそうな雰囲気だ。

■キャビテーションによる洗浄効果の検証

脱気装置システムが完成したので、脱気時間が洗浄へ与える影響を比較していく。脱気時間は0から1分ずつ増やしていき、それぞれの場合で1分間の洗浄を行う。今回はアルミホイルを試験片として洗浄槽に吊るし、超音波の入射によってどれだけエロージョンが生じるかにより洗浄効果を比較する。アルミホイルは超音波キャビテーションで容易にエロージョンを生じるため、比較には好都合である。

脱気時間によるキャビテーション・エロージョンの変化(洗浄時間:1分)

実験結果を見てみると、脱気なしの0minと比較し脱気を行うことで明らかにエロージョンは激しくなっており、4-5minで最も激しいエロージョンが生じているのが見て取れる。これで、脱気により洗浄効果を向上させるという当初の目的は達成された!!

興味深いのは脱気時間が6分を超えてくると逆に洗浄効果が低下する点であり、これは溶存ガスの量には最適値が存在するということにほかならない。調べてみた所、キャビテーションの生成にあたっては気泡成長の核となる存在が必要で、実は溶存ガスがこの役割を果たしているとのこと。そのため過度な脱気はこの起泡生成核となるガスをも取り去ってしまうため、かえってキャビテーション生成を抑制するとのことである。(原理としては沸騰石のそれと同様である)

■最後に

当初の目論見通り、適切な改造で超音波洗浄機をパワーアップすることに成功した。脱気量に最適値があるのは予想外であったが、実験を通してそれが確認できたのは良い経験であった。