Mashing to Fermentation
本稿では自家醸造においてフルマッシングないしオールグレイン(破砕済みのモルトから麦汁を作り、それを発酵させる)でビールを作る手続きについて説明していきます。
自身も最初はモルト缶からスタートし、モルトエクストラクトとフルマッシングをミックスさせたパーシャルマッシングを経て、最終的に袋詰されたTHE穀物という見た目のモルトからビールを作り出すフルマッシングに至ることになりました。
何も知識がない状態で自家醸造の参考書を見ると、ただの穀物からビールを作るフルマッシングは工程が一気に増え、非常に複雑に見えます。しかし、それぞれの工程が持つ役割を理解すると、それぞれの工程で抑えないといけないポイントが分かり、どんな段取が必要かがわかります。
今では逆にこれだけシンプルな工程でこれだけ美味しい飲み物ができるとは…発酵はまさしく錬金術であると認識を新たにするほどです。
ということで、素晴らしきフルマッシングの世界について述べて行きます。
■全体の工程
自家醸造における工程は、主として下記のようになります。
所要時間を合計すると、約1.5ヶ月程度となります。かなり時間の掛かる趣味ですが、やはり自分でレシピを組んで、工程を経て、瓶詰めして、王冠にProduct No.を書き込んで造り上げたビールは最高です。繰り返すたびに工程の最適化が図られ、腕が上がっている感覚があるのも楽しい。
それぞれの工程について写真を交えて解説していきます。
1.スターターの仕込み
1.1必要酵母数の計算
記事のタイトルとしてMashing to-と書いたのに、早速Mashing以前に行う必要がある工程をここで紹介します。
後述する発酵の工程では、発酵させるウォートの量と比重(濃度)に対して、投入すべき酵母の数に適切な値が存在します。ここで麦汁に酵母を投入することをピッチング(Pitching)と呼称し、適切な酵母数よりも多くの酵母を投入することをオーバーピッチング、一方少ない場合をアンダーピッチングと呼びます。
オーバー/アンダーピッチングのもたらす効果については後述しますが、要するに適切な発酵にはある程度の数の酵母が必要ということです。
ここで一般人が購入できる酵母パッケージに含まれる酵母の総数は、大抵の場合必要とされる数に対して不足しているため、ウォートを作るまえに適切な数まで酵母を増殖させておく必要があります。必要なだけパッケージを買えばいいというのもそのとおりですが、酵母はなかなかに高いのです(1パッケージあたり1000円以上)
という事で、まずは必要な酵母の数を計算することから始めていきます。
酵母数の計算には醸造関連Webサイトの計算機を使うのが楽です。有名なところだとBrewer's Friendがあります。
https://www.brewersfriend.com/yeast-pitch-rate-and-starter-calculator/
UnitsはMetricに設定し、Sugar ScaleはGravityにしておくといいでしょう(国内のHome BrewでPlatoを使った例は見たことがない)
後はウォートの目標初期比重(OG : Original Gravity)とその量[L]を入力しましょう。
■Target Pitch Rateについて
Pitch Rate(ピッチングレート)はウォートに加える酵母数を計算する際の比例定数と考えて良いです。値はウォートの初期比重および酵母の種類に合わせて変更します。
必要酵母数の計算式の中身は下記の通りになっています。
必要酵母数[×100万]=ピッチングレート[-]×ウォート体積[ml]×糖度(プラトー)※[%]
※糖度(プラトー)とは溶液中の糖分の質量パーセント濃度です。糖度が1%上がるごとに、比重は0.004上昇するため、糖度と比重には以下の関係があります。
糖度=(比重-1.000)×1000÷4
必要酵母数はウォート体積と糖度(または比重)に比例し、そこにピッチングレートを比例定数としてさらに乗じたものが必要酵母数となります。
Pitch Rateの選択肢にはMFG RecommendedとPro Brewerの二種類があります。前者は酵母メーカー(Yeast ManuFacturinG)が推奨するピッチングレート、後者は商業的にビールを生産するブルワーの視点で考えた理想的なピッチングレートであると記述があります。後者のほうが値としては大きいため酵母の投入数は多くなりますが、これは雑菌汚染のリスク低下、発酵速度の向上、製品品質の安定化を狙ったものです。一方でMFG Recommendedのピッチングレートで必要酵母数を計算した場合、それは発酵にあたって必要最低限のギリギリの量の酵母数となり、様々な外的要因により発酵不良に陥るリスクが高くなります。そのため、Home BrewにおいてもPro Brewerのレートを使用するのが望ましいといえます。(スターターを製作せず、新鮮な一世代目の酵母を使用する場合においてはこの限りでは無く、意図的なピッチングレート調整にあたってはMFG Recommendedを使用するのも大いにアリです。)
またPro Brewerの選択肢の中にある「Middle of the road Pro Brewer 0.75」は初期比重が1.060以下の場合に選択し、その比重を超えるような場合には「Pro Brewer 1.00 (high gravity ale)」を選択します。比重が高くなればなるほど多くの酵母が健全な発酵のためには必要になるからです。
■MFG Dateについて
MFG DateとはManufacturing Date、すなわち酵母の製造年月日です。酵母の残存数は日数の経過に伴って低下していき、酵母メーカーの提示するデータに基づけば、リキッドイーストの生存率低下は月ごとに21%、日毎に0.7%低下していきます。この数値に基づけば、仮に生産から約5ヶ月経過したパックだと内部の酵母はほとんど死滅してしまっていることになります。
そこで酵母が生産された日付から発酵開始の日付までの経過日数に基づき、パック中の残存酵母数を割り出すというわけです。
以上の写真のように、酵母のパッケージの下部にMFGの記載があるので、それを入力すれば良いです。
■計算結果について
以上の情報を入力し「UPDATE」を押せば、酵母パッケージ中の残存酵母数(Cell Available)、そのパッケージ中の酵母を全てウォートに投入した場合のピッチングレート(Pitch Rate As-Is)、ターゲットピッチングレートでの必要酵母数(Target Pitch Rate Cells)、そして必要酵母数と残存酵母数の差分(Difference)がわかります。
ここで、残存酵母数が必要酵母数を上回っていれば、1パックを直接ウォートに必要量投入すれば事足りるのですが、そうでない場合には酵母数を増やすためにスターターを作る必要があります。
1.2酵母スターターの作成
スターターの作成とはいわば小規模なビールの醸造であり、必要な酵母数が得られるようなウォートを用意し、それを発酵させることで狙った数まで酵母を増殖させる方法です。
スターターの作成にあたっても事前の計算は必要になります。と言っても手計算は必要なく、先程の必要酵母数の場合と同様、計算ツールを使うのが楽です。
先程のBrewers Friendの酵母数計算ツールの下部にはスターター用の計算機がついています。
上述の必要酵母数を計算した後、「Grab From Above」を押すと、必要な酵母数の値がスターター用計算機に自動的に入力されます。
あとはEnding Cell CountがTarget Pitch Rate Cellsとおおよそ等しくなるようにStarter Size [L]とGravityを調整します。
ここで決定したStarter SizeとGravityに調整したウォートを用意し、そこに酵母のパッケージを全投入し、適切に発酵させることで、狙った酵母数が確保できるというわけです。
ここで、Gravityは初期値である1.036で固定し、Starter Sizeを変化させるのが良いでしょう。あまりスターターの初期比重が高すぎると、酵母にストレスが掛かり、発酵不良や酵母の健康性を損なう可能性が高まるためです。
■Growth Model and Aeration について
正直謎なところが多いです。
選択肢として以下の4項目ありますが、それぞれで得られる酵母数の計算式が異なります。
・Braukaiser-Stirplate
・C.White-No Agitation
・C.White-Shaking
・C.White-Stirplate
ここでNo Agitation、Shaking、Stirplateと3つの項目がありますが、これはスターターへの酸素の供給手法を分類したものです。酵母の増殖には十分な酸素が必要であり、酵母数を増やすにはスターター中に十分な酸素を供給することが必要です。基本的にスターターの瓶を常に揺さぶったりして酸素を液中に供給し、沈殿している酵母を液中に均質に行き渡らせることで、酵母の増殖は盛んになります。
No Agitationはスターターを加振しないで放置した場合、Shakingは定期的に振り混ぜた場合、そしてStirPlateは具体的にはマグネチックスターラーで連続的に撹拌した場合(後で詳しく説明します)であり、後者のほうが得られる酵母数は多くなります。
Brewers Friendでは、それぞれの酸素の供給方法に合わせて計算式が用意されており、いずれの式も実験に基づく経験式です。それぞれについて内容を見ていきます。
■C.Whiteの式
C.Whiteと頭についているものは、ビール醸造における有名な教科書である、Yeast: The Practical Guide to Beer Fermentationに収録されている実験結果に基づくものです。
実験条件は初期比重1.036のウォートを用意し、無加振で酵母を増殖させるものです。ウォートに投入する酵母数を変化させ、最終的に増殖し得られた総酵母数の関係を纏めています。筆者が使っている醸造ソフトウェアのコラムにこの実験結果についての記事がまとまっていたので参考として示します。
http://beersmith.com/blog/2011/01/10/yeast-starters-for-home-brewing-beer-part-2/
引用:BeerSmith™Home Brewing Blog 「Yeast Starters for Brewing Beer Part 2」
http://beersmith.com/blog/2011/01/10/yeast-starters-for-home-brewing-beer-part-2/上図において、横軸はInnoculation Rate(milion/ml)、縦軸はGrowth Rate(end/start cells)となっています。
Innoculation Rateは接種率を表し、これは初期投入酵母数[100万個]をウォート体積[ml]で除したものであり、ウォート中の「酵母濃度」と考えれば良いです。そしてGrowth Rateは酵母増殖率であり、増殖後の酵母数を初期投入酵母数で除したものです。
以上の実験結果より、酵母濃度が小さいほど、増殖率は指数関数的に大きくなるという関係性がわかり、またある酵母濃度のときの増殖率も一意に決まります。そのためウォート体積と初期投入酵母数から酵母濃度を求めると、増殖率が決定し、それを初期酵母数に乗じることで最終的に得られる酵母数が計算できることになるわけです。
多くの醸造ソフトウェアや計算プログラムではこの実験結果をベースに計算式が作られているようです。しかしながら本実験結果は加振を行わない条件での結果であるため、今回使用するソフトウェアであるBrewers Friendでは、Shaking条件ではGrowth Rateに+0.5、Stir Plate条件では+1.0することで酸素供給量増大の影響を反映しています。しかしこの補正は実験結果等に基づくものではなく、あくまで仮定に基づくものであることに注意が必要です。
■Brawkaiserの式
C.Whiteの実験結果に基づく式には問題があり、スターラー等を使用し積極的に攪拌、酸素供給を行った場合での酵母増殖率は計算の対象範囲外となっています。そこで、醸造について学術的観点から情報を纏めているBrawkaiserでは、新たに
■オーバーピッチングとアンダーピッチングについて