温度計の校正

醸造で管理すべきパラメータで最もクリティカルなものが「温度」であり、それを管理する「温度計」は非常に役割が大きいツールである。

醸造道具が増えていくに連れ、自然と人は様々な温度計を購入するハメになるのだが、そうなった時に初めて気づくのが自分が持っている温度計の「精度」である。要するに、買い揃えていった複数の温度計の表示値がどれもバラバラで、どれが真値に最も近いか解らなくなるという事だ。実際、市販されている数千円クラスの温度計の殆どはその精度が±1℃であり、ある温度計が例えば26℃を示していた時、またある温度計が24℃を示していても製品としては妥当なのだ。

醸造の全行程において一貫した温度基準を持つためには、ある一つの温度計を基準にして、基準からのオフセットを補正してやればよいのだが、やはり基準を真値に極力近づけたいのが人間の心理だ。そうなるとこの作業は「補正」ではなく「校正」となる。

温度計の校正を行うにあたって利用できる手段は次の2つ。

  1. 温度がある値に収束する物理現象を基準とする
  2. 高い精度を有する温度計を基準とする


1.温度がある値に収束する物理現象を基準とする場合

代表的な物理現象は水の「沸点」と「融点」であり、それぞれうまくやれば100℃、0℃を精度良く作ることができるため、それらを基準に温度計を校正する。沸点および融点の作り方ついて以下に示す。

(1)沸点

沸点については水が大気圧(101.325 kPa)下において100℃(厳密には99.974℃)で沸騰する現象を利用するものだ。ちなみに温度の作成にあたってはJIS Z 8710「温度測定方法通則」では次の要素がポイントとして挙げられている。

  • 蒸留水を用い,最初は強く沸騰させ,装置内の空気と水の中の空気を十分に除去する。
  • 測定時には沸騰の強さを調節し,検出部の位置及び沸騰の強さを変化させても指示値が変化しない状態にする。
  • 装置内の蒸気の圧力を直接測定するか,この蒸気の圧力と平衡した気体(空気など)の圧力を測定する。
  • 温度計の検出部が過熱状態の蒸気に直接触れないようにする。

(2)融点

融点については水が同じく大気圧下において0℃で凍る、逆に言えば溶融する現象を利用する。JIS Z 8710「温度測定方法通則」に記載のポイントは以下。

  • 市販の氷の透明な部分をよく洗い,細かく削り,適当な大きさの魔法瓶に詰める。この氷にほぼ 0℃に冷やした蒸留水を加え,その水面の高さを温度計の検出部の上端より少し高めにする。
  • 水に不純物が溶け込まないようにする。特に素手で氷や水を扱わない。
  • 魔法瓶の上部では熱の流入のために氷がと(融)け,温度計の周囲にすき間が生じることがあるため,適宜氷を追加する。
  • 魔法瓶の下部には氷が溶けた水がたまるため,適宜取り除く。

経験上、氷を細かく削るのが重要である。手作業でやるのは非常に面倒なので、コンビニに売られている純度の高い細かなクラッシュアイスをそのまま使うのがベターだろう。


2.高い精度を有する温度計を基準とする

組織での計測機器管理では上記のようなある意味古典的な校正を個々に行う事は稀であり、大概は計測機器メーカーへ校正を依頼することになる。その場合、メーカーが標準としている高精度な温度計を基準にした校正が行われる。しかし、この校正依頼は非常に高額なため、家庭で使用するレベルの温度計に対してこのようなアプローチを取るのは現実的でない。

そこで着目すべきは日常で手に入る高精度な温度計である。上述の通り、家庭用に市販されているキッチン温度計の精度は±1℃であるが、ある分野に限れば±0.1℃が保証されている温度計が存在する。

それが「体温計」である。

体温計は最悪人命に関わる計測機器であるため、その精度はJISにて特別に規定がある。JIS T 1140「電子式体温計」においてその最大許容誤差は、計測範囲が30~43℃の一般用について±0.1℃とされている。また婦人用のうち計測範囲が35〜38 ℃のものについては±0.05℃まで絞られている。すなわち、これらの体温計の指示値を基準にすれば、非常に簡便かつリーズナブルに校正が行えるというわけだ。(婦人用でも2000円以下で購入可能)

という事で実際にやってみた。念のため容器には魔法瓶を使用し、体温計の測定レンジ内の温度のお湯を魔法瓶に入れ、温度勾配が出来ないように蓋をして十分にシェイクする。その後、同じく温度勾配の影響を極力少なくするために体温計と温度計を同位置に保持し、計測値が定常になったら両者の温度を比較する。今回は43℃から32℃の範囲で10回程度計測を行い、オフセットの平均値を求めた。

結果はこんなかんじ。仮に体温計が±0.1℃の精度なら、シンワとCUSTOMはいずれも±1℃の精度が確保されていることになる。秋月で200円程度で購入した温度計は+1.0℃とややズレが大きく、ダイソー温度計は、まぁやむなしといったところだ。(そもそも0-200℃の温度計なので読み取り誤差もあり仕方ない)

という事で、今後はこれらのオフセット値を読み取り値に加えることで、比較的正確な値をいずれの温度計でも得ることができる用になったわけである。めでたしめでたし。

ただし、問題としてはこの校正方法だと体温近辺でしか校正が出来ないということだ。使用する温度域がこの温度近辺なら問題ないが、実際には他の温度域ではオフセット量が変化する可能性がある。(比例定数が大きくずれていた場合目も当てられない)マッシングでは70℃近傍までの温度計測を行うため、できれば100℃での校正結果も合わせて、オフセット量と比例定数いずれもの校正を行うことが望ましいだろう。

ただし醸造において真値との差を突き詰める意味はあまりない。実際、レシピに記載の温度など、それを作成したブルワーによって当然バラバラで、その温度を正確に守ったからといって美味しいビールができるわけでは全く無い。重要なのは一定の基準に基づいた計測値を集積し、それに基づくレシピ修正を行ってトラブル対処や品質向上を行うことである。