Leak-Tight 3D-Printing

耐圧3Dプリントの技法

3万円の3Dプリンタで3MPa耐圧

正直な所、私が最初に3Dプリンタを購入した際は「せいぜい治具やエグゾーストキャノンのグリップや外装に使えればいいな」程度に考えており、圧縮空気や水などの高圧流体を扱う耐圧部品の出力は不可能であると考えていた。というのも、家庭用3Dプリンタの定番方式である熱溶解積層法(FDM式)の最大のデメリットに強度異方性(力がかかる方向によって強度にバラツキがある)があるとされており、これは積層間の完璧な密着を得るのが難しいといった特性に基づくものである。そのため実際に通常の設定でプリントした部品の内部に高圧流体を導入すると、積層の僅かな隙間から流体がリークし、耐圧部品として使い物にはならない。


しかしある日、偶然次の記事に出会い、この常識は変わることとなった。

■FennecLabs:3D Printing Transparent Parts

http://fenneclabs.net/index.php/2018/12/09/3d-printing-transparent-parts-using-fdm-fff-printer/

以上の記事はFDM方式の3Dプリンタで透明な光学レンズを出力しようというプロジェクトである。通常のプリント設定では透明なフィラメントを使用しても積層間に細かな空隙ができ、この空隙で光が乱反射するために、出力されたレンズは白く濁ってしまい使い物にならない。そのため透明なレンズを出力するためには出力される樹脂の層同士を完璧に密着させる必要があるわけだが、この「層間の完璧な密着」という条件は耐圧部品のプリントに必要な条件と一致しており、このノウハウが耐圧部品の出力設定にそのまま流用できると気づいたわけである。

記事中の要点をまとめると次の四点になる。

・出力スピードは極力遅くする

・積層厚は極力薄くする

・ノズル温度は極力高くする

・樹脂の吐出量は標準より多くする


ノズル温度を高め、一方でノズルの移動速度を小さく、そして前層とノズルの距離を近くすることで、既にプリントした下層の樹脂を強く加熱し、再溶融させることができる。その上に同じく溶融した新しい樹脂を積み重ねていくことで、層と層は完全に一体となり、また樹脂の吐出量も標準よりも増やすことで、発生しうる細かな空隙もしっかり埋めることが可能になる。

通常のプリント設定が各層の表面同士を張り合わせる「ハンダ付け」であるとすれば、この改良設定は強力な「溶接」と形容でき、そうして得られた出力品は射出成形された樹脂部品と何ら差はない。強度異方性は大幅に改善し、何よりリークが生じない耐圧部品が出力できるというわけである。

■Settings for PLA Fillament with CURA

上記の記事はABSフィラメントを対象とした記事であるため、筆者が普段使用しているPLAに適用するにあたっては下記の通り適切に値を調整した。各パラメータの名称はCURAに準拠しているが、異なるスライサーにも相応のパラメータが用意されているはずなので、各自読み替えていただければ幸いである。

■Layer Height:0.05-0.15mm

経験上0.15mmでも問題ないが、高圧を想定するなら薄い方がいいかもしれない

■Wall Line Count :5 mm程度のシェルが得られるレイヤー数

このシェルが緻密な耐圧部となるため、十分な肉厚が得られるよう適切にシェル数を設定する。ここさえ適切に設定してしまえば、Infillの充填率は下げてしまっても問題なく、耐圧部だけ緻密な層になった効率的なプリントが達成できる。

■Printing Temperature:220℃

下層の再溶融を達成するため、PLAの推奨温度レンジの中でも高めを設定する。

■Flow:108%

緻密な耐圧部を達成するため、通常よりも多くのフィラメントを吐出する。

■Print Speed:<60 mm/s

ノズルから下層へ熱を伝えて再溶融を達成するために、極力遅い速度を選ぶ。ただし経験上60m/s程度の比較的高速でも問題なく耐圧プリントは達成できている。慎重に行きたいときは更に低速を選択すると良い。

■実践:1/8インチ管用継手の製作

①モデリング

ということで早速実践していく。今回は最もシンプルな耐圧構造のサンプルとして、1/8の管用継手を作っていく。

早速Fusion360にて一片13mmの長方形を用意。内部に穴を設けた上で「ねじツール」ネジ山を設ける。設定にあたっては「モデル化」を選択することで、ネジ山を3Dモデルに反映することができてしまう。恐ろしい便利機能である。

②スライス

モデル完成後に出力したSTLファイルを元にスライスを行う。設定は上述の通り、しっかりと各層が溶接されるように設定する。低速かつ積層ピッチが薄いため、出力に要する時間は遅めになるがそこは仕方ない。

③プリント

3Dプリンタ(AnyCubic i3 Mega)で実際に出力していく。

出力完了後の最上層。同平面上において樹脂同士が溶け合っている様子がよく分かる。このような溶融が全ての層同士に対して行われるため、流体的にタイトであるのはもちろんのこと、強度異方性も大幅に改善していると考えられる。

④後加工(タッピング)

出力後の後加工として、タップで1/8の管用雌ねじを形成する。

モデリング時点でも雌ねじは形成していたが、雌ねじはプリント後に縮小する傾向があるため、基本的にそのままではネジは入らない。ではなぜわざわざネジのモデルをするのかというと、タップ立てのガイドとするためである。タップの先端は規格の雌ねじよりも細く作られているため、3Dプリントした雌ねじに対してねじ込むと完璧に垂直に入っていくのだ。

あとはどんどんタップで切り込んでいくことで、簡単に垂直が出た雌ねじを成形できる。

またタッピングには写真右のPT(テーパ)タップと写真左のPS(ストレート)タップの両方を持っておくと良い。PTタップは先端径が特に細いため、ラフにプリントした雌ねじの入り口を整えるのに使用し、最後はPSタップで最終形状を得るという役割分担である。PSタップは止まり穴に対しても管用雌ねじの形成が行えるため、3Dプリントならではの自由な設計が活かせる。


タッピングの際、潤滑と冷却はマストである。PLAは手軽な3Dプリント素材として使われていることからも自明だが、熱が加わるとすぐに軟化するため、何も対策をせずに機械加工を行うと、加工により生じた熱によって加工面が粘り、それが刃物に巻き付いたりしてきれいな加工面を得ることができない。

そこで加工にあたっては適当な冷却と潤滑が必要で、ここではちょうど手元にあったエタノール水溶液を使用している。これによりPLAの軟化を防止し、きれいな加工面を得ることができる。


⑤完成、そして耐圧試験

以上の加工の後、バリを取ったりチューブフィッティング継手をねじ込んだりして完成。

ということで早速耐圧試験を行うことにする。右側のチューブフィッティング継手にはプラグ(栓)がしてあり、左側の継手から高圧水を導入することでその耐圧性能を確かめる。

爆発防止の為、継手本体および接続チューブ内部には水を満たしておき、また念の為継手自体も水を満たした水筒内部に収めておく。準備が整ったら高圧多段フロアポンプを接続し、加圧していく。

そして得られた結果がこれである。驚きの30Bar、3MPa耐圧である。数分間、加圧を保持しても針の値は下がらず、リークタイトが維持されている。当然、繰り返しの加圧や脈動が加わった際には破損する可能性が多分にあるが、それでもパルス的に3MPaに耐えるというのは驚くべき性能である。この性能は「全ての樹脂レイヤーを溶接しながら積層する」ことにより得られる緻密で強固な組成がもたらしたものに他ならないだろう。

■最後に

ということで「3万円の3Dプリンタで3MPa耐圧」は達成され、FDM式の3Dプリンタで耐圧部品が簡単に作れるという技術的革命が訪れてしまった。耐圧部品が作れる3Dプリンタは、従来は金属3Dプリンターぐらいであって、民生品は存在しないと言っても過言ではなかった。しかしこの技術の応用により、誰でも複雑な流体部品を簡単にそして安価に作ることができるようになる。筆者の代表作品であるエグゾーストキャノンも3Dプリンタで作れるし、従来なら作れなかった複雑なバルブ機構も実現できるようになる。流体機械にこそ3Dプリンタは大いなる飛躍をもたらすのだ。