Vacuum Distillation Technique

減圧蒸留とは

圧力と沸点の関係を知り、蒸留の高度化を考える

■そもそも蒸留とは

ウィスキーやジンなどの蒸留酒、ローズウォーターやネロリウォーターなどの「芳香蒸留水」。これらの製造を考えるならば、まずはその名に付随する「蒸留」とはなにかを紐解いていく必要がある。

「蒸留」とは、液体を加熱蒸発させ、生じた蒸気を冷却凝縮させて回収する操作のことであり、この蒸留を効率的に行うために開発された機械が「蒸留器」である。

液体を加熱して蒸発させて蒸気を生み出す部分をボイラー、そしてこの蒸気を冷却して凝縮させ、蒸留液として再び液体に戻す部分をコンデンサーを呼ぶ。

エネルギーを消費して一度蒸発させたものを再び液体に戻す、一見無駄な操作に思える蒸留だが、その過程で非常にありがたい現象が生じている。

蒸留の過程で生じる「蒸発」という現象。水ならば通常、沸点である100℃まで加熱することで沸騰が生じ、蒸発させることができる。しかし物質によってこの沸点も様々であり、あるものは低い温度で沸騰し、あるものは非常に高い温度まで加熱しないと沸騰しない。つまり、いろいろな物質が混ざりあった液体を加熱していったとき、沸点が低いものから順に沸騰して蒸発していくことになる。ならばこうして生じた蒸気を再び冷却して液体として順番に回収すれば、ほしい物質だけを分離できるわけである。

以上の「物質ごとの沸点の差を利用して、任意の物質を分離する技法」こそ「蒸留」の着眼点と目的である。

極端な例として、海水を加熱することを考える。海水は水に塩が溶け込んだものである。水の沸点は100℃なのに対し、塩(塩化ナトリウム)の沸点は1465℃であるため、まず真っ先に水が沸騰して蒸気になる。この蒸気には塩は含まれていないため、これを冷却して再び液体に戻すことで、純粋な水のみを分離することができるわけである。

■蒸留酒と蒸留

ニッカウィスキー 宮城峡蒸溜所の蒸留器「ポットスチル」

蒸留の具体例として(ただしこのWebサイトの閲覧者において)最も一般的なのはアルコールの濃縮である。ウィスキーやラム、テキーラやブランデーなどの蒸留酒(スピリッツ)は、いずれも植物を発酵させて作った醪(もろみ)を蒸留し、エタノール濃度を高めて製造されたものだ。

ウィスキーの場合、醪はウォッシュと呼ばれ、モルトやとうもろこしが溶け込んだ水を糖化発酵させて作られた、エタノール度数7-9度のエタノール水溶液である。エタノールは沸点が約78℃と水の100℃に対して低く、ウォッシュを加熱していくことでまず先にエタノールが蒸発し、そうして生じた蒸気を冷却することでエタノール度数の高い蒸留液を得ることができる。これぞまさしく蒸留であり、ウィスキー蒸留に特化した蒸留器はポットスチルと呼ばれる。

蒸留で分離されるのはエタノールだけではない。実際にはこれ以外の様々な成分がウォッシュから蒸発を経て分離されている。例えばメタノールは沸点が約65℃と低いため。蒸留初期に得られる蒸留液はメタノール濃度が高く、これを飲用するとメタノール中毒が生じることになる。また、強烈な果実香と二日酔いをもたらすアセトアルデヒドも沸点が約20℃と低く、蒸留初期に真っ先に立ち上ってくる。これら有毒な成分が抜けきった後、甘美なエタノールと華やかなエステル類など芳香成分が蒸発し、やがて水の割合が増加していく。

以上の沸点の差に起因する時系列の成分の移り変わりを、適切なタイミングでヘッド、ハート、テールに分割(カット)することで、安全で上質なウイスキーの素、すなわちニューポットを作り出すことができる。

人間が飲んで楽しむ嗜好品であるウイスキーの蒸留において、どのタイミングでカットを行うかが蒸留家(ディスティラー)の腕の見せ所であるのは言うまでもない。カットするタイミング次第で、ニューポットの品質は千差万別となる。経済性を高めたいのであれば、多少雑味が増えてもハートの割合を高めることになるし、経済性を無視して雑味のないものを作りたいのであれば、風味が最高潮に高まった部分のみを贅沢にハートとして集めることになる。単に蒸留をすれば蒸留酒ができるのではなく、思想のあるカットが伴ってはじめて嗜好品としての蒸留酒が生まれるのである。

■ボタニカルスピリッツと蒸留

上述の蒸留酒の抽出は、醪からエタノールと種々の芳香成分を抽出するのが目的であった。一方、ジンやアブサンなどのボタニカルスピリッツの製法はこれとは異なり、すでに蒸留済みのニュートラルスピリッツ(連続蒸留などで度数が95%以上まで高められた風味にクセのない蒸留酒。スピリタスがほぼこれ)にハーブやスパイス、フルーツなどの植物素材(ボタニカル)を浸漬して成分を抽出し、これを蒸留することで製造される。この製造過程においてアルコールの濃縮は目的ではない。では何に主眼が置かれているかというと、おもに次の2点に集約される。

ボタニカルスピリッツにおける蒸溜の目的を説明にするにあたり、アブサンの製造方法を例に挙げよう。

アブサンはニガヨモギとアニスを軸に様々なハーブの芳香が凝縮した薬草酒であり、その製法は次のとおりである。

■「蒸溜」によるネガティブな不揮発成分の除去について

上記の工程はジンにおいても全く同一であり、ボタニカルスピリッツにおける最も一般的な製法である。一方、バスタブジンなど蒸溜を行わず、ニュートラルスピリッツにハーブを浸漬→ろ過するだけで仕上げるジンもある。ただし、ことアブサンにおいては蒸留がほぼ必須である。なぜなら、アブサンをアブサンたらしめるキーボタニカルである「ニガヨモギ」は非常に強い苦みを有しているからである。

ニガヨモギ特有のみずみずしく青い香りは、スターアニスやアニスシード特有の甘くスパイシーな風味と合わさることで、アブサンを豊潤で奥行きのある複雑な風味を持つ唯一無二の酒に昇華させる。しかし同時に、ニガヨモギはその名の通り強烈な苦みを有し、ニュートラルスピリッツに浸漬することでこの苦み成分もスピリッツに抽出され、そのままでは飲めたものではない。

つまり、ニガヨモギの香りは欲しいが味は不要という要望が生まれるわけだが、その要望をかなえるのが「蒸溜」なのである。

蒸溜について冒頭で「物質ごとの沸点の差を利用して、任意の物質を分離する技法」と述べたが、ニガヨモギの香りと味に着目すると、幸いなことに香りを担う成分の沸点は低く、一方で味を担う成分の沸点は高い。ここで、前者は「揮発成分」、後者は「不揮発成分」と大まかに分類され、蒸留を用いることで不揮発成分と揮発成分が混ざった液から沸点の低い揮発成分のみを回収することができる。つまり、蒸留を経ることでニガヨモギ由来の苦み成分はボイラーにとどまり続け、蒸留器から出てくる蒸留液にニガヨモギの苦みは一切含まれないのである。

上述の「不揮発成分」には先述の苦みはもちろん、渋み、えぐみ、辛味なども含まれ、これらはネガティブな味としてボタニカルの浸漬工程で大量に抽出される。また色素も不揮発成分であり、アブサンにおいて浸漬後のスピリッツはどす黒い茶色である。蒸溜を経ることでこれら不揮発成分が除去され、植物のポジティブな香りだけが濃縮した、無色透明の美しいアブサンに仕上がるのである。

ちなみに、きれいに透き通った緑色が特徴なアブサンについては、蒸留後にニガヨモギを緑の色付けのために浸漬しているケースが多い。その場合には苦みの少ないニガヨモギの品種を用いることで、美しい緑色とほのかな苦みを両立している。


以上の通り、蒸留をかませることで、植物の不揮発成分を無視したスピリッツ製造ができる。素材として用いる植物自体がどんなに不味くても、蒸留さえしておけばとりあえずOKというわけだ。

例えばハラペーニョを蒸留すれば辛さは無く爽やかでスパイシーな香りを、杉やヒノキのおがくずを蒸留すれば渋みなく木々の香りを得ることができてしまう。

植物から飲み物を作る第一段階の処理として、蒸留はとにかく好都合なのだ。


「蒸溜」+「カット」によるネガティブな揮発成分の除去

蒸溜をかませることで、不揮発成分を除去したスピリッツ製造ができることが分かった。しかしこれはあくまで「粗どり」であり、蒸留の真価はこの先にある。

ウィスキーの蒸溜で示した通り、蒸留の過程では時系列で蒸留液の成分が刻一刻と変化しており、どこからどこまでを回収するかで品質は全く違ったものになる。不揮発成分が除去された後の蒸留液にも時系列のグラデーションが存在しているのだ。

揮発成分

蒸溜とカットの組み合わせでネガティブな揮発成分を除去する

ウイスキーの場合より複雑。様々なハーブの揮発成分を溶け込んでいるため、蒸留で得られる蒸留液の風味はより目まぐるしく変化する。

この過程で、既にメタノールを除去済みのニュートラルスピリッツを使用しているため、有毒成分を除去する目的でのヘッドのカットは不要である。しかし往々にして蒸留初期は人間にとってパンチが強すぎるアロマを有する蒸留液が得られるケースが多い。例えばジンにおいて柑橘のピールを大量に入れた場合など、序盤にはこれら由来の精油成分が上がってくる。これらは往々にして強烈な芳香を有し、ジンとしてのバランスを欠く。そのため、初流は除去するのが鉄板である。しばらくするといかにも柑橘らしい華やかな香りが立ち上り、やがてジューシーな果肉を思わせる芳香が支配的となる。イチゴなどの果肉オンリーのものについては、序盤に鮮烈に新鮮な香りが取れるが、香りの強度は急降下し、やがて煮込んだハーブの蒸溜においては後半になるとムワっと野暮ったい香りが支配的になる。