Disposable&Portable Beer-Server

3Dプリンターによる携行型使い捨てビアサーバーの構築

3Dプリンターで作る、超実用小型ディスポーザブルビアサーバー

ある日、自分が副幹事となってホームブルーパーティーを開催する事になった。ちょうどその頃、3Dプリンタによる耐圧3Dプリントの技法が確立していたので、3Dプリンタを活用して小型のビアサーバーは作れないかと考え、設計出力組み立て含め一日で作り上げたのがこのPETビアサーバシステムである。

■そもそもビアサーバとは?

ビアサーバと聞いて多くの人が思い浮かべるのは居酒屋においてある生ビールサーバーであろう。業界的にはビアディスペンサー等と呼ばれ、ビールを注ぐための蛇口(タップ)とビールを瞬間的に冷却するための熱交換器とそれを冷やすためのチラーが組み込まれている。そこにビール樽を接続し、また樽には炭酸ガスボンベを接続。樽内部を二酸化炭素で加圧してビールをディスペンサーに圧送することで、ディスペンサ内部の熱交換器でキンキンに冷却されたビールがタップから出てくるというわけだ。このような「冷却機能」を有するサーバーは「瞬冷式ビールサーバー」と呼ばれ、あくまでデラックスな豪華版の位置付けだ。

本来ビールサーバに求められる本質的機能とはビールを冷やすことではなく、①適切な炭酸強度を維持し、②容器内部のビールを酸化させず新鮮な状態を保ち、③任意の量をタップから提供するということである。

なので、極論、次の図のようなシステムでも全く問題ないのである。

■構造がシンプルな空冷式ビアサーバ

最小構成のビアサーバシステム

最小構成のビアサーバシステムは①炭酸ガスボンベ、②ビアケグ、③タップの3つから構成される。炭酸ガスボンベから供給される炭酸ガスの圧力でビールを圧送し、その流れをタップで制御する極めてシンプルなシステムだ。では冷却はどうするのか?答えは極めて簡単。ビアケグ自体を冷蔵庫に入れてしまえばいいのだ。

このような圧送と冷却を切り分けたシステムは「空冷式ビールサーバー」と呼ばれる。システムがシンプルな上、運用上ケグは常に冷蔵環境下に置かれるため、ケグを常温で放置する瞬冷式と比較し品質維持の観点で有利となる。

超巨大ビアサーバーの例(大阪:Kamikaze)

高品質と多品種に力を入れるビアバーなどでは、瞬冷式ビアサーバーはまず使用しない。常温でビールを放置すると品質劣化に直結する上、ケグの数だけサーバを用意せねばならず、設備費も運用費も馬鹿にならないからだ。

そこでビアバーでは大型冷蔵庫、あるいは冷蔵室を導入し、様々なビールが詰まったケグ達をまとめて冷蔵保管している。これらケグに炭酸ガスラインとビールラインを接続し、冷蔵庫外に引き出すことで、超巨大な空冷式ビアサーバを構築しているのだ。これならシンプルなシステムでビールの品質をしっかり維持できるというわけだ。

ビアバーによっては冷蔵庫の壁に直接いくつも穴を開け、そこにタップとガス圧制御用のレギュレータを配しているものもある。まさに超巨大ビアサーバーだ。

■3Dプリンタで空冷式ビアサーバを構築する

だいぶ話がそれてしまったが、要するに冷却を冷蔵庫にアウトソーシングすれば、ビアサーバは非常にシンプルに構築できるわけである。ということで、冒頭で述べたパーティー用のポータブルビアサーバを構築するにあたっての設計コンセプトを下記に示す。

  • 構造が簡素と成る空冷式ビアサーバの構造を取る

  • 極力小型とし、またかさばらないよう折りたたみ、分割などが出来るようにする

  • (イベント当日まで時間がなかったので、)3Dプリント部品は最小限に留める

  • 二種類のビールをサーブできるような構造とする

ということで描いたコンセプトスケッチが以下。

最大の特徴は、ケグ容器として1.5Lのペットボトルを使用している点である。金属容器と比較してペットボトルは極めて軽量であり、またイベントが終了したあとはそのまま廃棄できるため非常に取り回しがいい。

ペットボトルを空冷式ビアサーバに変えるにあたっては、口に専用のアダプタを自作し取り付ける。アダプタには2つのラインを取り付けられるようにする。一つは炭酸ガスの注入ライン、そしてもう一つはビールの吐出ラインだ。この2つのラインを液体やガスのリーク無く行える構造を如何に3Dプリンタで作るかと言うのがこの装置の肝になる。

■キャップ部設計

ということで、本ビアサーバーのキモとなるペットボトルのキャップ部をFusion360で設計した。

部品は大きく二分されており、継手やチューブ、またペットボトル本体と接続されるインターフェース部分(ピンク)と、それをペットボトルに固定するためのユニオンナット部(黄色)からなっている。

時間がかかる耐圧3Dプリントが必要なのはインターフェース部のみであり、それ以外の部分は通常のラフな設定で問題ない。両者を分けることで、高速な開発製造が可能になる。

それでは各部品について解説していく。

■ユニオンナット部(黄色)

インターフェースパーツをペットボトルに固定するためのユニオンナット。内部にはペットボトル口の雄ねじに対応する雌ねじを設け、外周部には滑り止めのための凹凸を設けている。

製作上重要なのは雌ねじのモデリングである。

ペットボトルのネジは従来の1/4や1/8の雌ねじとは異なり、Fusion360の「ネジツール」のプリセットとして登録されていない。そのため別途「コイルツール」にて出力する必要がある。一般的なペットボトルに適合する雌ネジは上図の設定でプリント出来るので参考にしてほしい。当然プリンタのクセに依存しスムーズに入らなかったり、あるいはゆるすぎたりといった場合もあるため、その際は適切にパラメータを修正してほしい。

■インターフェースパーツ

最重要部品となるインターフェースパーツの設計にはいくつか要点がある。具体的には①リップシール構造の実装、そして②Oリング溝の形成手法である。それぞれについて観ていく。

①リップシール構造について

人類が何気なく使用しているペットボトルのキャップ。求められる機能はボトル内部の液体のシールのみである。

このシール機構、多くの人はキャップを締めた時に生じる圧縮力で、蓋と口とを押し付け、液体の漏れを防いでいると考えているが、実はそうではない。

それでは炭酸飲料など内圧が0.5MPaを超えるような場合、リークを防ぐことはほぼ不可能だからだ。(仮に圧縮力でシールするならキャップと口の間に柔らかいガスケットを設け、その上でかなりのトルクで毎回締め付ける必要があり、力の弱い子供などが締めてもまずだだ漏れになってしまうだろう)

しかし、一般的なキャップは子供の手で軽く締めただけでも液体の漏れは生じない。それにはキャップの構造に大きな工夫がある。

ペットボトルキャップの断面図を示したのが左の図である。着目すべきはボトルの口の内側に設けられた「リップ」と呼ばれる構造である。このリップの外周部はやや山形になっていて、ボトルの口の内径よりもわずかに大きく作られている。ボトルの口にねじ込まれたときは、樹脂の弾性で縮小し、口の内面に均一に接触するになっている。

では内部に炭酸飲料が入っていたとして、内圧が上昇したときの状態を示すのが右の図である。内圧の上昇に伴い、リップ内面には圧力差に起因する外向きの荷重が生じ、外側へ変形。結果としてリップはボトルの口に強く押し付けられ、接触面圧が増大し、内部の流体の漏れをせき止めるのである。すなわち、ボトル内部の圧力そのものを利用して内部流体をシールする機構となっている。そのため、内圧が高くなればなるほどシール性能は向上し、子供の力でラフに締めただけでも、0.5MPaを超える圧力に耐えることが出来るのだ。

改めて本物のキャップを見てみると、内側に環状の突起があるのがわかる。この突起こそが、ペットボトルの封止において最重要だったのだ。

このシール機構は「リップシール」とよばれ、工業的には回転軸の貫通部をシールするためのオイルシールに広範に用いられている。

エグゾーストキャノンMk.1の製作時に流用した自転車の空気入れのピストンも、同じ原理で高圧を発生させている。

前置きが長くなったが、樹脂をプリントできる3Dプリンターは、もちろんリップシールを作ることが出来る!上図のように耐圧3Dプリント設定でリップを形成し、ボトルの口との接触面を適切に磨いて凹凸をならせば完璧な封止性能が得られるのである。

パッキンを使用するシール機構と比較し構造が一気に簡素になるし、また液体溜まりも解消するので衛生面でも有利に成る。

②Oリング溝のプリントについて

ビール抽液用のチューブを差し込むための孔にはシールのためにOリング溝を設ける必要があるが、この溝にも3Dプリント特有の問題に対する工夫がある。

左の図は通常のOリング溝の設計である。(角のRも普通は設けないが…)下から上へ樹脂を積層していくFDM式3Dプリンターでは、その原理上オーバーハング部となる溝の上部はダレてしまい、狙った造形をすることができないのである。

そこで3Dプリントのための改善設計では溝丈夫に中央の図のように面取を設け、オーバーハング部をモデルから除去している。これによってFDM式のプリンタでも溝の形成が可能になる。使用時には溝にOリングをはめこみ、ビール抽液用のチューブを挿入。上部から内圧が作用すればOリングがチューブに密着し、シールされるというわけである。(逆に下部からの圧力に対してはシール機構が発現しないため、注意が必要である。)

というわけでキャップ部が完成した。上図はガスラインとビール抽液ラインを接続した様子である。ビール抽液ラインの端部には小型のタップを取り付けている。このタップとチューブフィティング継手をつなぐ部品も耐圧3Dプリントで出力したものだ。

■ビールサーバの仕上げ

肝となる耐圧部が完成したら、あとはラフに構造部材を作っていく。今回は2つのボトルを同時に運用できるようにするため、専用のボトルホルダーを用意した。樹脂の弾性を活かし、ボトルのネック部にパチっとはめて、斜めに傾斜した状態で2つのボトルを保持できる。

ということでついに全部品を実装してみた。中央に鎮座するのは小型の炭酸ガスレギュレータであり、チーズで分岐して2つのペットボトルに接続されている。内圧を0.3MPa程度に上げてもリークは生じず、成功である!

■いざ実運用

ということで、なんとか徹夜でイベント当日に間に合った。作ったノンアルコールビールをペットボトルに充填し、保冷バックに詰めて会場へ。現地で今回制作したキャップとスタンド、CO2レギュレータを接続するだけで卓上コンパクトビアサーバの完成である!

タップを開けば当然だがビールが注がれる。タップの開度を調整することで、泡の量も細かく調整可能だ。自分で作ったビール(ノンアルコールだが)が自分で作ったサーバから出てくるのはなんとも嬉しいものである。

自作サーバ導入の甲斐あって、イベントは無事終了。ペットボトルが空になったらボトルはそのまま潰して破棄。帰りは大変楽ちんであった。ということで、3Dプリンタを活用して実用性のある流体機械としてビールサーバを組むことができた。Oリング溝やリップシールの実装など、流体機械として基礎となる要素を多く盛り込んだ設計であったが、適切な工夫によって問題なく3Dプリントすることができた。